危機意識から生まれた「対コロナ地下駐車場病棟」

「地下駐車場」を臨時コロナ病棟に変えたランバン病院(YouTube / Rambam Health)

「どこも病床が足りていない。今から増やせないか?」

政府からその要請が来るのは、時間の問題だった。イスラエル北部の都市ハイファにある、政府系病院「ランバン・ヘルス(Rambam Health)」は1100床あり、医療従事者が6000人も働く同国最大級の病院だ。2020年1月の段階で、新型コロナウイルスの重症患者80〜100人に対応でき、人工呼吸管理や体外式膜型人工肺(ECMO)などの専門的な医療機器でも40人に対応できるだけの設備を備えていた。

ところが20年3月中旬頃になると、連日、新型コロナウイルスに罹患した患者が運び込まれるようになった。このペースでは、あっという間に満床になる。マイケル・ハルバーソル院長兼CEO(63)が、イスラエル保健省から冒頭の要請を受けたのは3月下旬。欧州で感染者数が急増しており、さらなる拡大に備えるよう通達があったのだ。

「問題ありませんよ」。ハルバーソルは落ち着き払ってそう答えた。短期間で病床を増やすための秘策をランバン病院は用意していたからだ。「地下駐車場」である。



話は06年にさかのぼる。急進的シーア派イスラム主義組織ヒズボラによるミサイル攻撃で、イスラエル北部は甚大な被害を受けていた。ランバン病院近辺にも60発以上が着弾。駐車場に落ちたものの、病棟は幸運にも直撃を免れた。

しかし、この事態に衝撃を覚えた病院関係者は議論の結果、一つの結論にたどり着く。それは、「患者に最大限に尽くすことが病院の責務」というものだった。

「(紛争のような)大規模な緊急事態でも、それを言い訳に、患者に対して『治療できない』と言えるはずがありません。我々には、あらゆる状況下で患者を全力で治療する責務があるのです」(ハルバーソル)

紛争が終結すると、ランバン病院は施設のマスタープラン(基本計画)を根本から変えることに決めた。当初、念頭にあったのは紛争発生時に即応できる施設だ。紛争当事国の一つである宿命で、軍はもちろん、市民にもケガ人や犠牲者が出るリスクはつきものだ。レバノンから遠くないハイファは狙われやすい。

そこで、ランバン病院は自らの判断で病院の地下3層を改築。計6万㎡にも及ぶ病院の機能を備えた施設を増築した。この地下3層は、平時は1500台のクルマを収容する駐車場だ。それが緊急事態下では、一気に2000床も増床できる「世界最大級の地下病院」へと様変わりする。

ランバン病院では当初、紛争のような緊急事態を想定していた。だがその後、“戦略的施設”としての機能を兼ね備えている点に気づき、14年に西アフリカを中心にエボラ出血熱のパンデミックが生じた際は、イスラエル国内における対エボラ出血熱の最前線としての役割を果たした。

とはいえ、本格的に稼働させるまでの事態は起きていなかった。コロナ禍でその状況が一変したのだ。
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文 = 井関庸介

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