今うつ病、老いては認知症? 精神科医が見た3.76倍の「なりやすさ」

Photo by Anthony Tran on Unsplash


若いころのうつ病は、認知症を「通常の3.76倍」引き起こす?


それはうつ病自体が認知症のリスク因子になることだ。

専門家の研究では、若いころにうつ病になると、アルツハイマー型認知症になる可能性は通常の3.76倍、老年期にうつ病になると2.34倍も高くなる。また、病院受診したアルツハイマー型認知症患者のうち半数近くがうつ病かそれに近い状態との報告もある。

null
Getty Images

冬木さんばかりでなく、うつ病の患者が後に認知症となるケースは当院でも数多く経験している。

60代の男性Aさん。スーパーの副店長をしていた40代の頃、過労でうつ病になり、仕事を辞めることになった。その後、いらいらがひどくなり、隣人ともめ警察沙汰となって、当院を受診。若年性認知症を疑い、頭部MRIを撮ったところ、大脳が萎縮していた。今では毎朝、日付を妻に確認しながら生活している。

80代の女性Bさんは2年半前、頭がもやもやすると当院を訪ねてきた。もともと神経質で、老年期のうつ病と診断し、抗うつ薬で改善した。しばらくして物忘れが目立ち始め、HDS-Rで10点しか取れず、認知症の治療を開始した。その後はむしろ抗うつ薬を止めたほうが気分は落ち着いた。

生活習慣病、70代Cさんの場合


複雑な要因がからんで、診断や治療に悩むこともある。

70代の男性Cさん。胃潰瘍や高血圧、脂質異常などの生活習慣病で治療していた。ことし7月、新型コロナワクチン接種2回目を終えた2週間後から「頭がボーっとなり、体がだるくて」かかりつけ医受診。内科的異常はないのに眠れず、食欲不振で体重が減り、集中力も低下した。

内科治療で改善しないため、当院に紹介された。HDS-Rでは軽度認知症領域の18点。だが、これだけで診断するのは危険だ。うつ病の悪化時には認知症スクリーニングの検査結果が低く出ることがあるからだ。

さらにビタミン測定やADAS検査を行い、それでも確定しないため、原則に従って抗うつ薬処方から開始した。そもそもコロナワクチン後遺症の可能性も捨てきれない。臨床現場は難しい。

194万部のベストセラー「恍惚の人」……


ここまでうつ病と認知症の関係を述べてきて気になることがある。それは「認知症」という用語だ。

認知症という言葉が使われ始めたのは2004年と比較的新しい。それ以前に使われていた「痴呆」は言葉の意味が侮蔑的で病気の本質を正確に表していないとして、識者会議に諮(はか)られ、認知症に取って代えられた。

痴呆(ちほう)は確かに、耳に強く残る言葉だった。ただ、より記憶に残る言葉がある──「恍惚」

高度経済成長晩期の1972年、有吉佐和子の小説「恍惚の人」は年間売上げ194万部のベストセラーとなった。「こうこつ」という響きが、当時小学5年生だった私の耳に文字通りうっとりと残った。これがきっかけで認知症高齢者の介護問題に陽が当たった。

「恍惚」の出典は江戸時代の国史書「日本外史」で、頼山陽が戦国時代の武将三好長慶を称した「老いて病み、恍惚として人を知らず」から来ているという。

太宰治は認知症になっていたか?


ただ、読書好きの私にとって恍惚といえば、むしろ太宰治だ。

「撰ばれてあることの恍惚と不安と二つ我にあり」(「晩年『葉』」より)

処女作の、しかも冒頭にフランスの詩人ヴェルレエヌを持ってくるなんてと思うが、太宰の人生を知るにつれ、このエピグラムにうなずいた。

新宿の歩道で石がひとりでに歩くのを見て不思議に思わず、直後に子どもが糸を結んで引きずっていたのを知り、欺かれたことにさびしさを感じるでもなく、ただ「そんな天変地異をも平気で受け入れ得た彼自身の自棄(やけ)が淋しかった」と書いた太宰。

2020年の日本人男性の平均寿命は81.64歳。歴史に「もし」はないが、40歳まで1年を残して入水した太宰が天寿を全うしたら、うつ病と認知症の関係に従って「恍惚の人」となっていたかどうか──。

連載:記者のち精神科医が照らす「心/身」の境界
過去記事はこちら>>

文=小出将則

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事