今うつ病、老いては認知症? 精神科医が見た3.76倍の「なりやすさ」

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うつ病の人が認知症になるとはどういうことか?


うつ病や認知症にもいろいろなタイプがあるが、ここでは代表的な「内因性うつ病」と「アルツハイマー型認知症」の場合を考えてみよう。

誰でも憂うつになったり、物忘れをしたりということはある。ときおり、当院にも「僕はうつ病です」とか「私は認知症です」と治療を求めてくる人がいるが、そういったケースの大半は違う。当人に病気の自覚のないことが両疾患の特徴だからだ。

だから、本人に病気であることを知ってもらうことが治療のスタートラインとなる。

内因性うつ病では、はっきりとした原因がなくとも気分の沈みや興味の減退が2週間以上にわたって続く。患者はうつ病の原因を環境についていけない自身の弱さに求め、「できない自分が悪い」とみずからを責める。彼らにはまず「これは脳の機能不全による病気で、あなたのせいではない」と伝える。

一方アルツハイマー型認知症では、直近の記憶を失うため、たとえば今日が何月何日か答えられない。物忘れの自覚がなく、取り繕おうとして嘘の話を作る。朝食を済ませた後に何を食べたか、すぐに思い出せないのは生理的な物忘れだが、「ご飯はまだかね」と真顔で家族に尋ねたら認知症だ。財布をどこに置いたか分からなくなり、家族が隠したと訴える「物盗られ妄想」もよくある症状だ。

ただ、初期のうちは本人も物忘れに自覚的で不安になるケースは多い。冬木さんの場合もこれに当てはまる。

彼女は症状が進む前に家族が「発見」し、診断につながったわけだが、それ以前の診察でははっきりとした徴候は見当たらなかった。

初期の認知症では物忘れが軽いので、診察場面だけでは病状を察知しにくい。八千代病院の川畑信也神経内科部長によると、アルツハイマー病患者520人のうち、異変に気付いて1年以内に物忘れ外来を受診したのは9%に過ぎない(「『認知症の正体 診断・治療・予防の最前線』飯島裕一著、佐古泰司著、PHP研究所刊」より)。

海馬の働き。うつ病では元に戻るが、認知症では「戻らない」


ここで押さえておくべきは、認知症の初期症状のひとつに抑うつがあることだ。しかもうつ病の抑うつとの見分けが難しい。

高齢者の抑うつは意欲の減退(アパシーと呼ぶ)が前面に出ることが多い。涙あふれる悲しみというよりは、枯山水のようなエネルギー低下といえば、理解しやすいだろうか。

違いを見分けるには、やはり認知症の中核症状である物忘れに注目するのがよい。

うつ病が悪化すると、一時的に認知症(とくにアルツハイマー型)と同じ「海馬」がやられる。

海馬は大脳辺縁系という脳の中心部にあり、短期記憶が蓄えられる場所だが、うつ病では海馬の働きが元に戻るのに対し、認知症では戻らない点が異なる。抑うつが治まっても物忘れが回復しなければ認知症といえる。

このため、精神科医は高齢者の抑うつ症状がうつ病から来るのか、初期認知症から来るのかどうしても迷った場合、まずうつ病の治療をする。それで改善しなければ、さらに認知症の精査治療をしていくという具合だ。

もうひとつ、大事なことがある。
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文=小出将則

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