人生の収支バランスが合わない職業とは

誇りとおごり。かつての高級官僚を言い表した言葉だが、昨今ではピンとこない。コロナ禍があぶり出した日本の構造的弱点は、官僚制を中軸にした公務員システムにもある。

退潮ぶりが目立つ日本だが、先端技術や医療水準、教育レベルはいまだに世界トップクラスである。

民意や現場力も高い。ルールによる強制なしに、ほとんどの国民はマスクを着用し、密を避け、外食をも我慢する。病院医師や看護師さんたちの献身的な対応、教育現場や工事現場の関係者の真摯な向き合いには頭が下がる。

つまり、国の頭脳と手足はしっかりと機能している。問題はトップと現場をつなぐ骨格が劣化している点にある。代表例が官僚システムだ。

かねてから官僚システムへの批判は強く、さまざまな「改革」が断行されてきた。縦割りの慣例主義、所轄分野への縄張り意識、スピード感のなさ等々が大きな問題点とされてきた。

これらが課題であったことは言うまでもなく、官庁再編や天下り制限、官庁間に横串を刺すような組織改革が行われた。

しかし、組織改革の陰で、いちばん重要な要素がなおざりにされてきたと感じる。働く側の「人生エコノミクス」が間尺に合わず、官僚たちの士気も著しく低下したことである。

人生エコノミクスを考えてみよう。教育期間中に投資した資金と時間に対して割に合う仕事かどうか、という視点である。高級官僚になるだけの学力・知見を涵養できる教育にいくらかかるか。ひとつの想定だが、幼稚園から大学を卒業するまでの教育総経費は、国公立でも2000万円以上、ずっと私立では4000万円近くになる。高級官僚は学業成績が優秀でなければならないから、勉強にかける時間とエネルギーも相当のものだ。官僚志望者は、大学に入ってからも熱心に勉強を続ける。

これだけのお金と手間をかけながら、官僚トップの事務次官に上り詰めても年収は2300万円程度。同じ学歴で大企業の社長になれば、キャッシュだけでも1億円程度もらえる。事務次官の任期は1年か2年だが、社長は普通、6年くらいはやる。しかも社長になる前の執行役員から副社長の間の年収も、とうに次官レベルを超えている。管理職・役員向けのストックオプションの権利もある。

最近では、高額の天下り先は滅多にないから、民間人の成功者と比べた生涯賃金は、数分の1以下である。ここまでの差は、個々人のやる気や理念では補えない。優秀な若者は寄り付かないだろう。現に東大生の官僚志望者は、激減傾向に歯止めがかからない。

しかも、政策ミスやささいな失敗でもたたかれるのは官僚だ。国会で晒し者にされる次官、局長らを目の当たりにして、部下の若手官僚は何を感じているか。
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文=川村雄介

この記事は 「Forbes JAPAN No.084 2021年8月号(2021/6/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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