東京にある中華料理店のランチメニューが、本場の味に近づいている理由

これが「酸菜魚」ランチ980円


これらの店の多くは、いまでも麻婆豆腐やホイコーロー(回鍋肉)、酢豚、チンジャオロース(青椒肉絲)などのランチメニューも用意している。一般の日本の客に合わせるためだ。あるチャイニーズ中華のオーナーは胸の内をこう打ち明ける。

「本当は多くの日本の方に、麻婆豆腐定食ではなく、自分の店の看板メニューを食べてもらいたいが、なかなか難しい。そこで、ランチメニューの一部に入れ、味を試してもらいたい」

また別のオーナーは自身の置かれたジレンマについて率直にこう話す。

「池袋や上野のようなターミナル駅の店であれば、中国の客が立ち寄ってくれるので、ランチに本場の料理を出すという思い切ったこともできるが、ビジネス街や私鉄沿線の店では、基本は日本の客が相手なので、定番メニューは外せない」

彼らは自分たちの提供したい料理が、これまでの日本の中華とどれほど違っているか、強く実感しているのだ。

それはそうだろう。1980年代以降に来日した新華僑である彼らが飲食店経営を始めたとき、まず採り入れたのが、日本の中華のメニューであり、定食スタイルだった。それはもともと中国にはないものだった。

当時来日した人たちは、中国では調理人ではなく、ただ自分が中国人であるという理由から包丁を握った人も多かったのである。それを怪しむ人はいなかった。

こうして1990年代に始まった中国語圏の人たちがつくる「チャイニーズ中華」だったが、当初は「中国家常菜(中国家庭料理)」と自ら称する店が多かった。調理人ではない自分たちが提供するのは家庭料理の延長であるという認識が強かったからだろう。

実際、チャイニーズ中華は、地域に根ざした大衆的な中華料理店である「町中華」に近いところがあったといえる。彼らは「消えゆく存在」と称されがちな日本の町中華の代替の役割を果たしてきた面もあったのだ。

特に若いサラリーマンや単身者の夕食の場として利用されてきた私鉄沿線の店がそうだった。彼らが求めたのは、奇抜な中華ではなく、舌に馴染んだ町中華的なものだった。そのニーズにチャイニーズ中華も応じたのである。

この1年、都内を歩いた印象として、町中華は東京西部に比べ、東部のほうが比較的多く残っていると感じた。西部の場合、特に私鉄沿線駅前では、もともと町中華だった店の主人が引退し、店ごとチャイニーズ中華のオーナーに入れ替わっているケースも多かった。

それらの店ではオーナーの2世が成人となり、親の跡を継承している姿も見かけた。その過程で、中国の新しいトレンドを取り込もうとする動きも加速している。

東京ディープチャイナは、突然現れたものではなく、この30年間の歴史的な経緯から育まれた成果といっていいだろう。

その奥深い世界を多くの人に親しんでもらいたいと筆者は常日頃から考えているが、手始めとして、店の表に置かれたランチメニューをじっくり眺めてみることをおすすめしたい。そこに「麻辣」「羊」「麺」の文字があれば、東京ディープチャイナならではのランチが楽しめるだろう。

連載:東京ディープチャイナ
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文=中村正人 写真=東京ディープチャイナ研究会

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