企業経営は苦労の連続です。壁にぶつかるたびに、その解決策を先人の本や言葉に求めることも少なくありません。実は、私もそのひとり。本書に出合ったのは、会社を守るために「人の整理」をしなくてはならず、経営者としてつらい判断を迫られていたときでした。
本書は、現代に生きる「経営学の父」である稲盛和夫が、「盛和塾」において、塾生が直面した経営上の問題について、具体的にアドバイスした「経営問答」をまとめた一冊です。特に、人材育成と組織の活性化についての回答が取り上げられており、その答えを通じて、稲盛氏の経営哲学を学ぶこともできます。
最も印象的だった一節は、「能力はそれほどなくても、人間性がよくて長年一生懸命やっておられる人は、情けを持って使わなければいけません。ただし、あくまでもその人に合った仕事をさせるべきです」という言葉です。この一節を読んだとき、ふと、父のことを考えました。
私の父、中冨弘堂は、サロンパスを生み出し、国内から世界へとその販路を広げた営業マンでした。また、「人」を大切に、「信頼」と「自立」を重んじた経営者でもありました。その父の背中を見ながら育ったせいか、私も、幼いころから人の健康にかかわる「ものづくり」に興味をもち、人にとってよりよい商品を世に出すことこそが社会貢献になると考えてきました。私が企画から手がけた商品が、日本のみならず米国でも人気となり、会社の看板商品になったこともありましたが、その数は未だ片手ほどで、到底、父の足元にも及びません。
その父は、戦後のインフレ不況時であっても、社員の生活を第一に考え、苦楽を共にしました。
人を思い、人の失敗をも受け入れることのできる優しさと強さをもち合わせた人物こそが、真の経営者であるならば、私はどうなのだろう─。
本書を読んだことで、私は、人員削減に関する策を考え直しました。もちろん、変えられなかったところもあり、それは、私が一生抱え続ける課題です。
稲盛氏は、ファインセラミックを世界に供給するという夢を実現し、大きな成功を手にしました。時代は移り変わり、日本は、製造業から金融業へと軸足を移し、さらに、IT革命も進めてきました。そのなかで台頭してきた、若く、新しい経営者たちの目には、彼の考えが「古くさい」哲学に映るかもしれません。
私も、これまで日米のベンチャー企業の経営に長く携わり、米国流の合理的でドライな経営も経験してきました。しかし、それでも「人を大事にする」経営手法が、いまも未来も変わることのない企業経営の大切なフィロソフィであると信じています。
title / 人を生かす 稲盛和夫の経営塾
author / 稲盛和夫
data / 日経BP 785円 272ページ
いなもり・かずお◎1932年、鹿児島県生まれ。鹿児島大学工学部卒。稲盛財団理事長。59年、京都セラミック(現・京セラ)を設立。社長、会長を経て、97年より名誉会長。84年に第二電電(現・KDDI)を設立し会長に就任、2001年より最高顧問。10年には日本航空会長に就任、15年より名誉顧問。84年、稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。
なかとみ・いちろう◎ノースイースタン大学大学院卒。日本セラテック社長、ナノキャリア社長を経て、現職。ナスダック/マザーズ証券市場への上場、医薬品および化粧品の開発企画、契約交渉およびEコマース販売などの経験を有する。