登壇したのは同社でゼネラルマネージャーを務める岸本裕史氏と、同社の教育プログラムに自らが手掛ける会計クイズを提供した「大手町のランダムウォーカー」こと、福代和也氏。Forbes JAPAN CAREER編集長の後藤がモデレーターを務めた。
小売業のDXを担うイングリウッドは、その圧倒的な組織力を作り上げた人材開発プログラムを、“ビズデジ”として社外にサービス提供している。
今回のウェビナーには岸本氏と福代氏の両名に、イングリウッド社の教育プログラムを実例に挙げながら組織を強くする「実践できる企業分析」について語っていただいた。
企業分析の重要性、そして組織強化との関係性を紐解いていこう。
【登壇者プロフィール】
岸本 裕史
株式会社イングリウッド ゼネラルマネージャー。新卒でディー・エヌ・エー入社。2019年にイングリウッドに参画し、AI戦略事業本部 ビズデジ ゼネラルマネージャーとして新規事業「ビズデジ」の立ち上げを中心に、事業M&A、アライアンス等幅広い領域で事業推進を行う。
福代 和也(大手町のランダムウォーカー)
株式会社Funda 代表取締役。公認会計士試験合格後、PwCあらた有限会社監査法人のアドバイザリー部門にて大手金融機関に対する財務アドバイザリー業務に従事。独立後は会計/マーケティングに関するコンサルティングと、決算書が読めるようになるアプリ「Funda」も運営。SNSでトータル15万人のフォロワーを抱え、執筆した会計本も20万部超える大ヒットを記録。
SECTION1
社員数が3倍に、だが売上が伸びない。
行き当たりばったりの採用
社員育成、業務効率化、事業計画策定、多方面からのアプローチを試みても、「組織を強くする」ことは一筋縄では達成できない。ウェビナー冒頭、この究極の課題の背景には「人材戦略と経営戦略が紐付いていない」という現状があると、岸本氏は口を開いた。
岸本 経済産業省の発表では、3割の経営者は人事戦略が経営戦略と紐付いていないことを課題視しています。
・採用に関わっている人事が、実は自社事業の事情を知らない
・育成とか評価制度が事業内容に則していない
現場的な感覚では、このような形の問題として現れてくるはずです
イングリウッドも例に漏れず、事業の拡大に伴う採用強化には苦労の連続だった。10期目の社員数が13人で売上14億、2期後の12期目では社員数が3倍の36名へ急拡大したものの、売上は1億しか上がらなかったのだ。
岸本 この頃の我々は、『社員は先輩の背中を見て育つ』と考えており、経験が浅くとも先輩社員を追いかける姿勢を重視した採用を行なっていました。
しかし事業はあまり拡大せず、これは駄目だな、と。マネージャー経験がある社員の採用に方向転換したり、新しいマネージャーにチャレンジングな社員を抜擢してみたりと、まさに『試行錯誤』だったのですが、それでも伸びなかった
岸本 たまたまマネージャークラスが応募してくれて、たまたま採用できたというケースがほとんどで、体系的な採用ができていませんでした。
ベンチャー企業が急拡大するフェーズの採用によくあることではあると思いますが、行き当たりばったりで勢いのままの採用だったのです
SECTION2
外に目を向けよ。
他社の数字からビジネスを学べ
拡大期のイングリウッド社は、目の前に立ちはだかった壁をいかにして乗り越えようとしたのだろうか。岸本氏が当時のことを振り返る。
岸本 組織を強くしていくため、2年かけて教育プログラムを整えることにしました。これまでは自社事業の理解に特化したプログラムでしたが、福代さんと出会ったことで、上場企業の数字やデータを活用した教育システムへとブラッシュアップされていったんです
福代氏が手掛ける「会計クイズ」は一見するととてもシンプルだ。代表的なクイズは、同じ業界の競合2社の決算書を並べ、販管費や売上構成から社名を当てるというもの。
例えば上記の例では、売上原価がポイント。100円均一の商品のほうが原価が低そうだが、実は選択肢②がセブンイレブン。それは同社がほぼ原価のかからないフランチャイズ方式で事業を展開しているからだ。
こうした二者択一という手軽さの先で、日常生活では見えない「企業がどこでお金を稼いでいるのか」という事実を数字で知ることができるのだと、福代氏は語る。
福代 稼ぐ力を身につけたい人にとって『会計クイズ』は強力な武器です。ビジネス情報と数字情報をリンクさせる思考回路を構築するトレーニングになります。この思考回路が鍛えられると、数字の情報を聞くだけでビジネスモデルやその奥の課題をイメージできるようになる。
すでに世の中にある、決算書の読み方の解説本や研修プログラムは、会計用語や計算方法の説明で終わってしまっているものも多い。それでは数字と事業イメージをつなぐトレーニングになりません
岸本 でも福代さんの会計クイズによって皆が多様な事例を学び、市場の情報をきちんとインプットしたうえで、自分たちの仕事に活かす・振り返るようになりました。結果、自ら事業を立ち上げることで得られる経験と同等の教育効果が得られました。これが、福代さんと構築してきた『教育の肝』です
SECTION3
企業分析が加速させた組織の飛躍
「社員150人で150億へ」
現在でもイングリウッドでは「会計クイズ」を社内研修に組み込んでいる。
3カ月間のプログラムで合計30時間、決算書の読み方を学んだうえで、各種ITスキルを数字に活かす方法を自分で考え振り返る手段を実践的に学ぶそうだ。会社の表面的な事業ではなく、より深い現状まで見抜き、提案や自分の仕事でどのように数字に影響があるかを考え動くことができるようになるのを研修のゴールと定義している。
また、責任者クラスにはその一歩先のスキルを求めている。ビジネスモデルを理解し、他者にその説明ができること。そして予算策定や採用計画といった普段の仕事の中で実践できることだ。しかし、その評価が査定や給与に直接結びつくわけではないと、岸本氏は補足する。
岸本 その人の性格や職種によって、得意・不得意はありますから、企業分析スキルがないからと評価を下げるようなことはしません。苦手だとわかった企業分析を学んで乗り越えていくのか、それとも別の形で事業に貢献していくかは、本人の意思を重視する仕組みを採用しています。
その意味で、ビジネス理解が弱くとも、いい物を作るデザイナーやプログラマーは当然評価されます。ただこれはやってみてわかったのですが、特に技能が高い専門職の方ほど、どれだけの売上につながったのか等、事業における成果を気にする方が多い傾向があります。
ビジネス貢献を自ら検証するため、ビズデジで学んだ知見をを積極的に活用する専門職の社員は少なくありません 社内の教育プログラムを強化した結果、15期末には過去と同じ「1人が1億を稼ぐ」という水準に戻すことができている。
岸本 もちろん、教育プログラムだけで事業が成長した訳ではありません。当時は通販ブームの時代で事業的に追い風を受けていたタイミングです。
もちろんそんな中でも、事業成長が頭打ちになってしまった他社もある中で、弊社は人を採用、育成して事業をしっかり拡大できていることから、企業分析を含めた教育プログラムの効果は大きかったと、我々は評価しています
SECTION4
DX推進、営業力の強化......
企業分析が応用できるシーンは多い
近年ますますバズワードとなりつつある「DX」。ITツールの導入やインターネットインフラの整備など、表面的な取り組みをDXと表現されがちだが、その本質は、データやデジタル技術によって「ビジネス自体を変革すること」だ。
岸本 変革の矛先は、企業文化を含めたビジネスの土台にまで及びます。単なる商品やサービス理解だけでなく、ビジネス全体から課題まで深く理解しなければDXを叶えることはできません。
だからこそ決算書から過去の事業内容を読み解き、数字と事業をリンクさせて未来の事業計画を立案することが役立つんです。理想的な姿を数字で示すことで、社内外を説得することにもつながりますよね
計画を実現するためにも財務分析は欠かせない。過去に類似した他社事例はあるのか、そして市場と比較して自社の実力を認識することも非常に大切だ。
DX以外にも企業分析が役立つシーンは数々あるという。
福代 例えば、上場企業の財務数値を時系列で並べ、その企業の事業戦略を分析する。そうするとどの部署に営業に行くべきか、商談でどうアプローチすべきかが見えてくるのです。
だから企業分析によって得られる数字感覚は、経営に関わるメンバーだけでなく、営業やマーケティングなど企業活動に関わる全員がもつべきものだと思うのです
「数字が見えれば、そこから逆算して普段の業務が改善されていくようになります」
そう語る岸本氏の言葉に、企業分析がもつ底知れぬ可能性を感じた1時間だった。