誰の「生」も思い通りにはならない。余命短い女優の思惑と人々の選択

その1日は忘れ難いものになる─(c)2018 SBS PRODUCTIONS/O SOM E A FÚRIA (c)2018 Photo Guy Ferrandis/SBS Productions


アイリーンが恋人の撮影監督ゲイリー(グレッグ・キニア)を伴って現地入りしたことは、まだ知らない。

「スター・ウォーズ」の撮影に参加してきたのがプライドのゲイリーは、世界遺産の美しい街に来た勢いをかって、アイリーンにプロポーズするのだが、その言葉は専門職で働く女性の立場や感覚には鈍感で、アイリーンは内心鼻じらむ。

この2人の、一見仲が良さそうで本質的には噛み合っていない感じを見ていると、ではフランキーの思惑通りになるのかと想像するが、ことはそう簡単に運ばない。

「フランキーの後では物事が変わる」


フランキーの呼び寄せた人々が一通り描かれた後、企てを思いめぐらせるフランキーが森を1人で散策するシーンが続く。森は静かだが見通しが悪く、フランキーを取り巻く状況そのもののようだ。

途中、たまたま誕生パーティをしている一族に遭遇し、請われて参加する場面がある。80歳の誕生日を迎える老婦人を中心に、なごやかに盛り上がる人々。表面上はとりつくろいつつも、自身に迫り来る死と未解決の家族問題を思い出し、いたたまれない気持ちになるフランキー。

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(c)2018 SBS PRODUCTIONS/O SOM E A FÚRIA (c)2018 Photo Guy Ferrandis/SBS Productions

この後、アイリーンとはぐれたグレッグと出会い、彼が恋人だと知って実にそっけない対応をするところで、フランキーという女性のひんやりとした支配欲も垣間見える。

最初の夫ミシェルがジミーに告げる「フランキーの後では、物事が変わる」という言葉は、フランキーの影響力の強さを物語るだけでなく、それゆえに人を遠ざけてしまうところもある彼女のマイナス面を示唆しているかのようだ。

ここで描かれている親子関係や男女のすれ違い、結婚生活の難しさは、多くの人が人生の中で体験することだろう。だが膠着気味な人間模様のひとつひとつのエピソードは、その背景であるシントラという街と自然の美しさ、そこに満ち溢れる陽光によって、あたかも一幅の絵画のように見えてくる。

歴史の刻まれた白い石畳に古びた漆喰の塀、その前に立つ人を引き立たせる鮮やかなモザイクタイル、森の香りが漂ってきそうな深く美しい木々の緑、それに映えるフランキーの青いジャケットと紫のスカート。

各々の事情と、それとは関係なく存在する街や自然が、画面の上ではほとんど同じ比重で捉えられている印象だ。そこから、さまざまなことが起きては乗り越えられていく個々の人生の断面を、大きな世界の中の点景として捉える、作り手の達観した視点が浮かび上がってくる。

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(c)2018 SBS PRODUCTIONS /O SOM E A FÚRIA (c)2018 Photo Guy Ferrandis/SBS Productions

フランキーの当初の思惑は、結果的にことごとく裏切られる。しかし彼女の知らないところで、招かれた人それぞれにとって、シントラでの1日は忘れ難いものになる。フランキーの願いとは離れたかたちではあるが、やはり「フランキーの後で、物事は変わる」のだ。

中でも、一番若いマヤが人生最初の苦悩を乗り越える場所が陽光に満ちた海であり、途中でたまたま知り合った少年から癒されて元気よく帰還するのは、フランキーが彷徨った森での出来事と好対照だ。

誰もが悩みながら、自分の道を模索している。そのことを徐々に受け入れていこうとするフランキーが、彼女らしく表には出さずに、大切な人の幸せを願う最後の場面は、雄大な自然の中に点々と人々が散らばる構図によって、決して思い通りにはならない生に対するおおらかな肯定感を伝えている。

連載:シネマの女は最後に微笑む
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発売日:2021年2月3日(水)/『ポルトガル、夏の終わり』/3800円(税抜)/発売・販売元:ギャガ

文=大野 左紀子

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