第1に、バイデン大統領自身がタリバンを呼び寄せたとも言える。バイデン氏は4月、911から20周年にあたる9月11日までに米軍をアフガニスタンから撤退する考えを表明。7月8日の記者会見では、8月末までに完全撤退する考えを改めて示した。米政府も7月2日、カブール近郊のバグラム空軍基地から、米軍やNATO加盟各国軍の駐留部隊の撤収が完了したと発表していた。専門家は「戦略には相手がいる。タリバンがこの情報を使わないわけがない」と語る。「バグラムはアフガン侵攻の兵站拠点だ。バグラムが空になったと聞いて、タリバンも侵攻しても大丈夫だろうと考えたのではないか」。米関係筋は「兵力が大幅に削減されていたため、13日にカブールが危ないという情報が入ってきても、それをさらに精査するマンパワーが足りなかった」と語る。
アシュラフ・ガニ氏(Photo by Pete Marovich-Pool/Getty Images)
第2に、米国の己に対する過信があった。タリバンがカブール侵攻を始めた時点で、米軍がいなかったわけではない。しかし、アフガニスタンのガニ大統領はすでに国外に逃亡していた。関係筋は「米軍にとっては、守るべきものがない状況だった」と語る。米国が統治した国の為政者に裏切られたのは、これが最初ではない。ベトナム戦争では、南ベトナムの大統領の親族が、抗議の焼身自殺をした僧侶を「人間バーベキュー」と呼んで、人々の怒りを買った。米国が後ろ盾になったイランのパーレビ国王は独裁で市民の反感を買った末、1979年に国外に亡命してしまった。今や、米国の成功体験は、日本でのGHQ統治しかないとまで言われるほどだ。
専門家の1人は「戦争はまず、汚い戦争から始めるのが常道だ」と語る。アフガニスタンの場合、地域の有力者や軍閥、部族長らをカネなどで懐柔し、強い支持を取り付ける。そのうえで、負けない環境を作ってから戦争に突入する。しかし、それも戦争に勝つという目的に限られる。戦争から退くという決定をした瞬間に、この工作も破綻した。高橋礼一郎前駐豪大使は「米軍によるGHQ支配の失敗だ」と語る。軍事作戦で勝つことばかりを優先し、アフガニスタンの国づくりを後回しにしてきたつけが出たわけだ。
中長期的に見て、今回の事件が国際政治の地政学に決定的な影響を与えるとする見方は多くない。しかし、短期的に米国が深い傷を負ったことも間違いない。専門家の1人は「アフガニスタン撤退の方針を貫くしかない。撤退をやめてもこの傷は癒えない。米国の損なわれた信頼とイメージを補うため、日本や韓国など同盟国の負担も増えるかもしれない」と語った。
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