朝日新聞外交専門記者

Photo by Anna Moneymaker/Getty Images

バイデン米大統領は18日、米ABCのインタビューで「アフガニスタンと、台湾・韓国・NATO(北大西洋条約機構)との間では根本的は違いがある」と語った。これはアフガニスタン撤収の際に犯した失敗が、どれほど大きいものだったかを示している。中国や北朝鮮、ロシアの脅威にさらされている同盟国や地域を「アフガニスタンは、明日の自分たちかもしれない」という深刻な不安に陥れたことを、自ら認めたからだ。

日本の安全保障専門家の1人は「撤収の判断自体は間違っていない。アフガニスタンの防衛が米国にとって大きな国益になると言えないからだ。でも、詰めを誤ったことで、米国は払わなくても良い外交リソースを使う羽目になった」と語る。空港に殺到し、米軍機にすし詰めになって運ばれ、あるいは米軍機から振り落とされるアフガニスタンの人々の写真や映像の効果は絶大だった。中国メディアは早速、「米国の国際的な信用は崩壊した」と非難している。バイデン政権の支持率も急落している。

古来、金ヶ崎の戦い(1570年)でも知られるように撤退戦は非常に難しい。米軍自身、サイゴン陥落(1975年)でも手ひどい目に遭っている。なぜ、今回も米軍は失敗したのか。


サイゴン陥落の際、米軍は脱出のためヘリコプターを放棄した(1975年4月29日)(Photo by CBS via Getty Images)

まず、情報戦での失敗が挙げられる。米軍のマーク・ミリー統合参謀本部議長は18日の記者会見で、米情報機関からの報告について「これほど短期間でアフガニスタン政府が崩壊すると示すものは何もなかった」と述べた。複数の関係筋によれば、米国が、イスラム主義勢力タリバンによる首都カブール侵攻の兆候をとらえたのが13日金曜日だった。同筋は「タリバンが想定よりも早くカブールに侵攻する可能性があるという情報だった」と語る一方、「しかし、具体的にいつどのようなルートでという情報はなかった」とする。米国はこの時点では、対外的にはアフガニスタンでの外交活動の継続に意欲を示していた。

状況が怪しくなってきたのは翌14日土曜日だった。別の外交筋は「カブールの西方11キロにタリバンが到達したという情報が入ってきた。え、そんなに早いのか、と驚いた」と語る。さらにその翌日、15日日曜日になると「タリバンがカブールを包囲した」という情報が伝わり、各国大使館からの避難が始まった。アフガニスタン市民も空港に殺到したが、商用機は日曜日の時点でもまだ飛んでいた。タリバンは同夜までにカブールのアフガニスタン大統領府を占拠した。関係筋は「タリバンすらも、こんなに早く全権を掌握できると思っていなかったのではないか。侵攻してみたら、簡単に陥落したというのが実態ではないか」と語る。

ただ、あっけないカブール陥落の裏には、必然的な要素がいくつも潜んでいた。

文=牧野愛博

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