ただ、韓国が人権問題について日本よりも深い関心を払ってきたというわけでもない。欧米諸国が急速に批判の声を強めている中国の香港や新疆ウイグル自治区の人権問題について、韓国は中国を厳しく批判する姿勢を取っていない。文在寅政権になって、国連人権理事会の北朝鮮非難決議について、共同提案国に名を連ねることも避けている。人権団体からは、韓国は安全保障や経済を人権問題より優先しているという批判が出ている。日本は日本で最近、香港や新疆ウイグル自治区の人権問題を強く非難する政治家が増えたが、彼らが中東やアフリカの人権問題などに取り組んでいるかといえば、そんなことはない。日本の中国専門家の1人は、こうした政治家の姿勢について「中国をたたく材料を探し回った結果、人権を取り上げているにすぎない」と解説する。
では欧米諸国が素晴らしいのかと言えば、そうとも言い切れない。欧米諸国は移民や民主主義の歴史を背景に、日韓などに比べて人権問題に強い関心を払ってきた。ただ、自国の利益を損ねてまで人権問題に取り組んできたわけでもない。米国のトランプ前政権は中国を厳しく批判はしたが、国連人権理事会からの離脱を表明し、人権団体から批判されたこともある。ドイツやイタリアも最近までは中国の人権問題で慎重な姿勢を示していた。
ソウル在勤当時、知人の韓国外交官が「自分が外交官になった理由のひとつは、高校での原体験にある」と語ったことがある。高校の担任が目をつけて、よく言えば指導、悪く言えばいじめのような扱いをしていた生徒がいた。確かに素行が良いとは言えなかったが、そんな素行の生徒は他にいくらでもいた。知人は「目をつけられたのは、教師に逆らわず、成績が普通で、親が金持ちでもなかったから」と言う。そんな教師に幻滅し、広い世界で働きたいと思ったという。「でも、外交官になったら同じだった。どの国も、大国や金持ちの国の人権には目をつむっているんだ」
人権を全ての問題に優先して扱うことは、現実問題として難しい。ただ、日本は日本なりの人権問題についての普遍的な戦略が必要だろう。いつも、政治や経済に振り回されて、その都度人権問題に対する姿勢が変わって良いはずがない。
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