こうした流れは、日本でも始まっている。クラウドコンピューティングやAIへの理解も進み、ハードサイエンスの領域から起業家が培養される環境が整いつつある。15年から弊誌が毎年取材してきたクラウド型コンテンツマネジメント企業「Box(ボックス)」のアーロン・レヴィCEOも、その頃と比べて、「日本では確実に、クラウドコンピューティングの概念が定着しつつある」と語っている。オンプレミスのサーバと比べて、クラウドの効率性やセキュリティ面の堅牢性が高いことについて辛抱強く説くことが多かった頃とは隔世の感があるというのだ。
一方、日本の企業全般でAIへの関心は前から高く、こちらは着実に浸透しつつある。コロナ禍でこうした動きが加速しているのは言うまでもない。海外と同じ環境が整いつつあるのだとすれば、日本の理系の学生や研究者にも、先述の「アカデミアか、企業勤めか」という二者択一の時代は終わり、「起業」という第三の道が現実的な選択肢になりうるかもしれない。
「“ユニコーン企業(評価額が10億ドル以上の未上場企業)”の多くは大学発のベンチャー企業です。研究に裏打ちされた知識とビジネスマインドを兼ね備えた理系の経営者が増えています」と、日本の起業シーンについて、KPMG/あずさ監査法人のパートナーで企業成長支援本部・インキュベーション部長を務める阿部博はForbes JAPANの取材でそう語っている。
その意味でも、大学発ベンチャーは以前にも増して増えるだろう。とはいえ、大学の研究室からスピンアウトするスタートアップは以前からあったのも事実だ。起業環境が整備されることは追い風とはいえ、決して新しいことではない。日本の大学発ベンチャーの課題はむしろ、研究そのものよりも、ビジネス化の面にあるかもしれない。“象牙の塔”と揶揄されるように、大学では研究の商業化を忌避する風土がある。仮に商業化しても、研究成果を外部の企業に託しておしまい。結果、起業のノウハウも蓄積せず、外部資金を得る道筋も立たなかった。何よりもビジネスのマインドセットをもとうとする研究者が少なかった。
だが、それも変わりつつあるようだ。早稲田大学ビジネススクールの牧兼充准教授のゼミでは理系出身の学生の比率が高く、なかには博士号(Ph.D.)や医師免許(M.D.)を取得している人もいる、という。
「日本でもこういう人材にビジネスを始めてほしい、と思える人がゼミに集まってきています」(牧)
研究領域が技術経営(MOT)とアントレプレナーシップである牧は、母校でもある慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で助手・助教をしていた頃から大学発ベンチャーの創出にかかわってきた。その後、起業とスタートアップ・エコシステムの創出についてさらなる研究を重なるうえで研究の場として選んだのは、同じカリフォルニア州であっても、すでに知己がいた北部のシリコンバレーではなく、南部にある都市サンディエゴだった。