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2021.08.13

「サイエンス起業家」が創るSF的な未来

Guido Mieth / Getty Images


そして、もう一つ。生物学や化学をはじめとした「科学(サイエンス)」の領域を中心に、高い専門性をもつ研究者たちが起業するようになったこと。合成生物学の起業家の多くは「博士号」を取得している。「合成生物学が台頭するまでは、アカデミアか、製薬会社や食品会社などの大企業への就職が現実的な選択肢だったが、起業もリアルな選択肢になった」と語るのは、プロバイオティック食品(体に良いバクテリアを含む食品)を開発・販売する「ZBiotics(ジー・バイオティクス)」の共同創業者兼CEOのザック・アボット(37)だ。

「今までのアカデミアには、自分の発見を誰かに商品化してもらうのを待つだけの他力本願な面がありました。DNAの解析・合成を短期間でしかも、割と安価でアウトソーシングできるようになり、起業が容易になったのです」

アボットもカリフォルニア大学バークレー校を卒業後、カリフォルニア大学デービス校や製薬会社で、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)や結核、マラリア治療に用いるワクチンの開発と臨床実験に取り組んでいた。だがその後、ミシガン大学で微生物・免疫学の博士課程に進学したときは、「スタートアップを立ち上げることが最初から念頭にあった」と振り返る。

実際、ワクチン開発で得た知見をもとに、ミシガン大学で博士号を取得し、16年にジー・バイオティクスを創業。米アクセラレータ「Yコンビネーター」で、合成生物学企業として初めてフェローシップ・プログラムに参加している。同社は、二日酔いの症状を緩和することを目的に、日本人にも馴染み深い納豆菌に属する「枯草菌(Bacilus subtilis)」をもとに、遺伝子組み換え技術(GMO)を使って開発したプロバイオティクス「ZB183」を開発。ZB183を使った飲料を米国で販売・輸出している。

もっとも、アボット博士のゴールは二日酔いの撲滅ではない。二日酔いのメカニズムは完全に解明できていないうえ、症状が広範で“特効薬”で解決するには複雑すぎる。それに、節度をもって飲むことで、ひどい二日酔いは防ぐことは可能だろう。彼が目指しているのは、人類を食糧危機や病から救う可能性を秘める、遺伝子組み換え技術をより正確に、そして透明性をもって世の中に伝えることだ。同社は、透明性が高く、倫理観に則ったGMOプロバイオティクス開発を簡単にする技術プラットフォーム「Probiotics 2.0」を準備している。二日酔いが選ばれたのは、その壮大なミッションを果たすうえで身近でわかりやすかったからにすぎない。

インターネットの普及で、我々は多くのウェブサービスやアプリケーションに恵まれ、生活はとても便利になった。だがこうした身近なニーズに応えつつ、よりスケールの大きな社会課題を解決できるのが、合成生物学や化学などの「ハードサイエンス」の領域である。新しい起業家たちの主戦場がそこへ移ろうとしているのだ。


「ZBiotics(ジー・バイオティクス)」創業者のザック・アボット博士
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文=井関庸介 写真=ラミン・ラヒミアン(ZBiotics)/ 能仁広之(WBS牧兼充)

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