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2021.08.12

上場スキーム「SPAC」は起業家にとっての福音か、経済の悪夢か?



ギャリー・タン イニシャライズド・キャピタル創業者 Yコンビネーターのパートナー時代に、インスタカートやコインベ ースにも出資した実績をもつベンチャー投資家のタン。米オンラインメディア「プロトコル」の取材に、「SPACは過小評価されている」と語っている。

ブームの裏で暗躍する「SPACマフィア」


20年のSPACブームは、ウォール街にとってこの年最大の出来事だったが、この投機バブルの“陰の立役者”に気づいている人間はほとんどいない。

それは、ポーラー・アセット・マネジメントやデイビッドソン・ケンプナーといった無名のヘッジファンドで、業界関係者の間では「SPACマフィア」として知られる。

こうしたヘッジファンドの約97%は、SPACが買収対象企業と合併が完了する前にIPO株を償還または売却していることが、ニューヨーク大学法科大学院のマイケル・オーロッゲ教授とスタンフォード大学法科大学院のマイケル・クラウズナー教授によるSPAC47社を調査した最近の研究でわかっている。「SPACマフィア」は現在、20%前後の利益を出しているという。

ブームを助長したのはヘッジファンドかもしれないが、大もうけしているのは彼らだけではない。買収された会社の起業家や経営陣のほか、SPACの立ち上げに関わるスポンサーや引受会社、弁護士も、それぞれ自分の取り分を容赦なくもっていく。スポンサーは引受手数料や弁護士費用を払ってSPACを設立・合併させるが、最後には「プロモート」として知られる、高額の発起人株主用の“贈り物”を受け取る。なんと、IPO後の普通株の約20%だ。

SPACスポンサーの中でも、チャマス・パリハピティヤ(44)の猛烈な取引ペースに比肩する者は少ない。パリハピティヤはAOLやフェイスブックの元幹部で、シリコンバレーでベンチャー投資会社「ソーシャル・キャピタル」を11年に創業した。

37カ月間で6社のSPACをニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場させ、43億ドルも調達している。彼がプロモートとして受け取った発起人株の価値は少なくとも10億ドルを下らないとフォーブスは試算している。

19年には、SPACの1社を使って宇宙開発企業「ヴァージン・ギャラクティック」を株式公開させた。ほかに2社との合併もすでに発表されている。企業価値50億ドルの住宅購入プラットフォーム「オープンドア」と、同37億ドルの医療保険会社「クローバー・ヘルス」だ(編集部註:ヘッジファンド「ヒンデンブルグ・リサーチ」がクローバー・ヘルスの経営実態について疑義を呈し、米司法省が事実関係を調査中)。パリハピティヤも、私募増資を引き受けることで自分たちもこうした取引に何億ドルも出資するつもりだと明言している。
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文=アントワーヌ・ガラ、エリーザ・ハバーストック、セルゲイ・クレブニコフ 翻訳=木村理恵

この記事は 「Forbes JAPAN No.082 2021年6月号(2021/4/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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