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2021.08.31

次世代のアスファルトが社会課題を解決する 研究者たちが描く壮大な未来像

花王テクノケミカル研究所の道路プロジェクトメンバー 垣内宏樹、柏木啓孝、橋本良一、秋野雄亮、白井英治

家庭用品でおなじみの花王が、次世代のアスファルトを開発していることは、あまり知られていない。

世界各国の課題を解決するプロジェクトの原動力は、研究者たちのある共通の思いだった―。


「この寒い日に、うまく施工できるのか。何事もなければいいが……」

2021年冬の某日、花王テクノケミカル研究所の道路プロジェクトメンバー、秋野雄亮(写真右から2番目)は、ウエルシア藤沢用田店の駐車場でアスファルトの敷設工事を緊張の面持ちで見守っていた。

アスファルトは熱で軟らかくなり、冷たくなると固くなる。コントリートに比べて簡単に施工ができるのも、この性質のおかげだ。ただ、気温が低すぎるとならす前に固くなるおそれがある。ウエルシア藤沢用田店は、花王が開発したアスファルト改質剤「ニュートラック 5000」の民間初の導入事例。このイノベーションを普及させるためにも、失敗は許されない。実証実験を重ねて施工のしやすさは確認済みだったが、想定外の冷え込みに一抹の不安を感じたのも無理はなかった。

秋野の不安は、「ニュートラック 5000」に懸ける期待の裏返しでもある。このアスファルト改質剤は、道路や環境に絡むさまざまな社会課題を世界レベルで解決する可能性を秘めている。そのポテンシャルを信じているからこその緊張感だ。

アスファルトという目立たない存在が、社会課題とどう絡むのか。道路プロジェクトのリーダー、白井英治(写真右)は次のように指摘する。

「温暖化で、真夏の道路の表面温度は20年で約10℃上がったという話があります。気温が高くなると、アスファルトの表面温度も上昇して軟らかくなります。そこに重い車両が通ったりエンジンの微振動が伝わると、へこんでわだちになってしまう」

へこんで改修すれば、コストがかさむ。また、工事で道を止めれば渋滞の原因にもなる。だからといって放置すれば、わだちやひび割れがパンクや事故を引き起こすリスクがある。

この問題に貢献するのが、「ニュートラック5000」だ。通常、アスファルトを敷くときは石などの骨材と混ぜて使う。アスファルトは原油からつくられるが、石の表面は化学的に水に近く、親水性が高い。骨材とアスファルトは、まさしく水と油。そのため混ぜてもミクロの隙間が空き、それが軟らかさやもろさの原因になる。花王は、水と油をなじませる界面制御の技術を長年にわたって研究してきた。その技術を活用して、アスファルトと骨材を接着させるのが「ニュートラック 5000」だ。

「私たちの改質剤を添加したアスファルト舗装は、従来のものに比べてへこみにくく、実証実験では5倍長持ちしました。いままで毎年改修していた道路なら、5年に1回でいい。張り替えに伴うコストやエネルギー消費を大きく軽減できます」(白井)

道路を長寿化させるだけでも画期的だが、見逃せない特長がもうひとつある。「ニュートラック5000」は、廃棄されるペットボトルなどを中心とした廃PETを原料に使用して、改質剤の性能を向上させているのだ。これまでも欧米では、廃PETをアスファルトに混ぜ込んで再利用する動きがあった。しかし、それは廃棄物の再利用を優先する“マテリアルリサイクル”。一方、花王は廃PETの化学的な性質を生かすことでアスファルトの耐久性を引き上げた。いわば“ケミカルリサイクル”だ。

「前身の改質剤(ニュートラック 2500)には、ポリエステルの樹脂を使っていました。さらに性能を上げたいと考えていたところに、営業から『環境観点から廃PETはどうか』と提案を受けました。最初は懐疑的でしたが、PETは親水性が高いことに着目して開発に組み込むことで、逆に性能を上げることができました。品質が安定して使いやすいという声もいただいています」(秋野)

環境への配慮は、これまで品質やコストとトレードオフの関係でとらえられることが多かった。しかし、「ニュートラック 5000」はその常識を覆して、両方を同時に引き上げたのだ。

組織横断のドリームチームが結成


常識を覆すアスファルト改質剤は、いかにして生まれたのか。花王は約20年前からアスファルト用薬剤の開発を行ってビジネスにしてきた。その薬剤を開発していた、道路プロジェクト上席主任研究員の橋本良一(写真中央)が、舗装会社から「簡単なポリマーで硬くできないか」と打診を受けたのは14年だった。橋本はさまざまなポリマーを混ぜて試作品をつくり、評価設備をもつスペインやメキシコの研究室に送った。ただ、すぐには望む結果が出なかった。橋本は道路に詳しいものの、ポリマーの専門家ではない。そこで声をかけたのが、印刷機用トナーに使うポリマーを開発していた白井だ。

「オフィス印刷のうち3枚に1枚は花王製ポリマーが使用されています。使用していたのは、5~8ミクロンに砕きやすい個性的なポリマー。トナー以外に用途が見つからなくて悩んでいたので、声をかけられたときは、何か面白いことができそうだとわくわくしました」(白井)

しかし、役者はまだ足りない。骨材に使われる石は種類がさまざま。同じ石に見えても、例えば石灰岩と花崗岩では化学式が異なる。石の多様さに対応するには、それに合わせてポリマーを微調整できる研究者と、石に詳しい研究者が必要だった。そこでスカウトしたのが、かつて白井のもとでトナー用ポリマーを設計していた、樹脂設計チームリーダーの垣内宏樹(写真左)と、コンクリート混和剤の部署にいて石と砂の知見をもつ前出の秋野だ。

「花王はマトリックス組織で、部署間の壁が低い。どこでどのような研究が行われているのか見えるので、声をかけやすいのです」(白井)

組織横断のドリームチームが結成されて、17年には正式に道路プロジェクトが発足。同じ年、強力な援軍がさらにもうひとり加わる。入社1年目の柏木啓孝(写真左から2番目)だ。それまで改質剤の開発は、長年の勘と経験からポリマーを設計して一つひとつ試していた。しかし、開発スピードを速めるには、分子構造を解析して当たりをつけてからトライしたほうがいい。そこで大学で有機分子の解析をやっていた柏木に白羽の矢が立った。柏木は、ルーキーイヤーをこう振り返る。

「花王は家庭用品のイメージが強かったので、アスファルトをやることになって戸惑いました。しかも、まわりは並々ならぬプロフェッショナルばかり。新入社員の自分には出る幕がないと思っていました。しかし、いざチームに入って研究を始めると、みなさん私の意見を生意気だと言わずにそのまま受け止めてくれた。これが本当のプロなんだなと」(柏木)

解析効果で開発は一気にスピードアップした。最後の関門は、実証実験だ。道路は人命にかかわるインフラで、念入りなテストが必要になる。しかし、誰も通らないところに敷いても実験にならない。また、耐久性の確認には長い期間が必要だ。そんな条件でテストができる場所がどこにあるのか―。助け舟を出してくれたのは東京の営業部隊だった。

「営業が『この改質剤は社会課題の解決になる』と関心をもってくれて、私たちが直接知らないロジスティクス部門に話をつけ、大型トラックが止まる全国の倉庫で実験させてくれました。複数の場所で時期をズラしながらテストできたおかげで早く検証することができました」(白井)

「ニュートラック 5000」は、ひとりの天才によって生み出されたものではない。アスファルトで社会課題を解決したいと願う一人ひとりが、“オール花王”で力を結集して生まれたイノベーションなのだ。


アスファルト改質剤の原料を合成する様子。これまで、花王で主にトナー用高分子設計と量産に携わってきた、樹脂設計チームリーダーの垣内が担う工程だ。

時間を超えて広がる可能性


すでに花王の敷地外でも導入は始まっている。静岡県磐田市は、全国の自治体に先駆けて実証実験に協力して、20年8月、大型ダンプがよく通る市道50mを舗装した。磐田市の市道は総延長距離2000㎞を超え、補修予算は年1億円に達する。耐久性が増せば、より少ない予算でメンテナンスが可能になる。産業政策課課長の兼子順子は、花王担当者の姿勢が印象に残っているという。

「新型コロナウイルスの影響で市役所に来ていただくことができない状況なのに、わざわざ施工現場まで足を運んで状態を確認されていて、責任感をもって取り組んでいることがよくわかりました」

冒頭に紹介したウエルシアは、21年1月に新オープンしたウエルシア藤沢用田店の駐車場に導入した。この導入で駐車場のメンテナンス負担が軽減されるが、同社広報部部長の小沼健一は環境への貢献にも強い期待を寄せる。

「流通小売業がSDGsにどのように貢献できるのか、ずっと悩んできました。しかし今回の導入が契機になって方向性が見えてきた。私たちは年間に相当量のペットボトルを販売しています。それを資源として、私たちが利用できる仕組みになれば、しっかりした循環になります」

国内で普及し始めた「ニュートラック 5000」だが、海外の道路事情を考えると世界でも貢献が期待できる。タイ赴任経験のある秋野は、「東南アジアは人件費が安いため、傷んだら人を使って張り替えればいいという文化。これでは大量に廃棄物が出る。改質剤で長持ちさせる文化を浸透させたい」。一方、柏木は単身アメリカに乗り込んで市場開拓した。

「アメリカでは耐久性をアピールしても反応が悪かった。しかし、自動車のオイル漏れが多く、『ニュートラック 5000』が耐油性を高めることを実証したら急にウエルカムになった」(柏木)

各国の道路が抱える課題はさまざまだ。今後はそれらに対応する研究開発を進め、グローバルで課題解決していく考えだ。

可能性は、地理的空間だけでなく時間を超えて広がっている。近い将来、自動車は自動運転の時代に入る。そのときに求められるのは、凹凸がなく、白線が読み取れる道路。「ニュートラック 5000」添加のアスファルトは黒さが長持ちして、白線の視認性もキープしやすい。交通インフラが自動運転対応に整備されるにつれ、出番が増えるだろう。

持続可能な社会に貢献するだけでなく、先端技術の普及にも対応する「ニュートラック 5000」。その壮大なスケールに心躍るが、白井は最後にこう話してくれた。

「舗装の研究に着手して、初めて道路の小さな段差やわだちが気になり始めました。それまで見過ごしてきたけど、ああ、これはお年寄りが危ないなと。もちろん将来いろいろなところで使っていただければ研究者冥利に尽きます。ただ、まずはみなさんが安全に歩けるように道路を覆っていけたらうれしい」

世界を変えるプロダクトを生み出しつつも、けっして足元への視線を忘れない。このイノベーションから温かみを感じる理由がわかった気がした。


「ケミカルリサイクル」とは

「マテリアルリサイクル」は、使用済み資源を利用しやすいように処理して、新しい製品の材料、もしくは原料に用いることで、いかに多くの廃棄物を再利用するかに重点を置いている。一方「ケミカルリサイクル」は、使用済み資源をそのままでなく、化学反応により組成変換したうえで再利用することを指す。「ニュートラック 5000」は、ケミカルリサイクルであり、さらに廃PETの化学的な性質を生かして性能を引き上げている点が特長だ。

「ニュートラック 5000」を添加したアスファルト混合物が生まれるまでの工程




上からアスファルトミキサー、マーシャル安定度試験載荷装置、ホイールトラッキング試験機。「ニュートラック 5000」を添加したアスファルト混合物が生まれるまでの工程は、まず改質剤を合成し、アスファルトミキサーでアスファルト、改質剤、骨材を混合、アスファルト混合物を製造する。その後マーシャル安定度試験載荷装置で耐荷重の確認を行い、ホイールトラッキング試験機でわだち掘れに対する耐久性を確認する。


実証実験のために花王和歌山工場内で敷設したアスファルト。手前の左は通常のもので、右は「ニュートラック 5000」を添加したもの。当初は同色だったが、いまや色の違いがはっきり。


上部はマーシャル安定度試験後、下部は、アスファルトの道路での加速試験、ホイールトラッキング試験後の供試体。左が「ニュートラック 5000」を添加したもので、右が通常のもの。

国内で普及し始めた「ニュートラック 5000」

静岡県磐田市の市道




静岡県磐田市はいち早く市道に「ニュートラック 5000」を導入した。1回目は20年8月で50m、2回目は21年3月で60m。「市道の維持管理費の低減につながると期待しています。このアスファルト改質剤で新しい産業が創出され、そこに市が連携できれば理想的です」(磐田市産業政策課)

ウエルシアの駐車場



ドラッグストアのウエルシアは毎年100店舗を出店。郊外型店舗は約20~30台の駐車場を備えることが多く、21年1月に新規開店した藤沢用田店に試験導入された。「効果検証後、積極的に採用していきたい」(ウエルシア広報部小沼氏)



アスファルトを改質することで環境問題や自動運転時代の社会課題へ備える。
未来を見据えた研究者たちの熱い想いと開発ストーリーはこちらで紹介しています。

Promoted by 花王 | text by Kei Murakami | photographs by Kenta Yoshizawa

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