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2021.08.14 17:00

爪、飴玉、遅筆──残された「症状」から、精神科医が向田邦子を診断したら

(『向田邦子 その美と暮らし』 2011年、和樂ムックより、撮影:小出将則)


ASDとADHD


令和の時代となり、発達障害は人口に膾炙(かいしゃ)したと言ってもよいだろう。もっとも、問題はその中身が十分に理解され、浸透しているとは言い難いことだが。
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発達障害者とは、生まれつきの脳の特性により、通常とは異なる考え方や行動パターンを示す人たちのことで、その代表がASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)だ。

ADHはADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder)から障害(Disorder)を省いた造語で、ADHDの特徴である不注意や多動・衝動性があるものの、障害と呼ぶほどではないグレーゾーンの人たちを指す。ちなみに、ASDからDを取った「ちょっと自閉」がASだ。

名付け親は長年、発達障害治療に携わってきた信州大学医学部 子どものこころの発達医学教室の本田秀夫教授。本田先生は著書『発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち』でこう記す。
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「発達障害の特性は多様で、ASDやADHDなどの要素が複雑に絡み合っていることが多く、大事なのは診断名をひとつのベースとしながら、その人個人のことを詳しくみていくこと」。

さらに、発達の特性(ASやADH)は「ふつう」と地続きであり、本田先生自身にもそれがあると表明する。

発達障害がメディアで広く取り上げられるにつれ、カミングアウトする有名人もいる。過去の偉人にも多い。例えば、発明王エジソンはADHDだったとみられ、支援NPO法人「えじそんくらぶ」の団体名にも使われている。エジソンが幼少時、火が燃えることの意味を知ろうと自宅の納屋を燃やしてしまったエピソードは象徴的だ。


Getty Images

爪噛み癖、飴玉を最後までなめられない、悪筆……


話を「ADH」に戻そう。『父の詫び状』を読んだコラムニストの山本夏彦が「突然あらわれてほとんど名人」とほめた向田邦子と不肖私のどこが似ているのか。

向田邦子は爪切りが要らなかった。大人になるまでずっと、爪噛み癖が続いたからだ。「癇が強くて、飴玉をおしまいまでゆっくりなめることの出来ない性分」の彼女は、パーティの引き出物の包みを帰りのタクシーで破かずにはいられなかった。

片付けも苦手だった。洗面所の扉を開けると、棚からトイレットペーパーの山が崩れてきた。ADHDの特徴の「待てない、整理できない」を見事に体現している。

かくいう私も、直らない癖が深爪だ。血がにじむと分かっていても、いつもぎりぎりまで爪を切る。チョコボールが溶けきるまで舌の上で転がすこともないし、書類の山の中に身分証明書が隠れていたりする。

悪筆で判じ難い文字も私に似ている。最近はパソコン打ちだからあり得ないが、彼女の手書き原稿が製本される際、「手紙」が「牛乳」に、「狼狽」が「猿股」に化けたという。

邦子の遅筆ぶりは、常に関係者の気をもませたようだ。やはり原稿の遅い私と違って、ぎりぎりまで推敲し、最良の作品を提供しようというプロ魂だったのだろうが、それ以上に彼女のADH気質によるものだったことは間違いない。みずからエッセイでこう書き残している。

「子供の時分から、しなくてはならないことを先に延ばす癖があった。学校に持ってゆく宿題を朝の食卓で、お櫃(ひつ)の上でべそを搔き搔き、父や母に助けられてやった覚えがあるが、その辺の事情は今もすこしも変っていない」(雑誌名不明1981年)

ADHDの特徴である衝動性については、編集者の政田一喜がこう証言している。

「原稿は遅くて、書いていたかと思うと、突然、台所へ駆け込んで、お握りやちょっとしたオツマミを手早く作り出してしまう」。「せっかちで、おっちょこちょいで、早とちり……言い換えれば、好奇心の塊……東名高速道路が開通したときなど、いきなり『京都まで行こう』と言って、車で出かけた」(『向田邦子をめぐる17の物語』)

こうした衝動性や「先延ばし傾向」はADHD診断の根拠のひとつだ。いつも遅刻する人を見たら、ADH傾向があると疑ってみることも必要だろう。

ここで登場願うのが、太宰治。
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文=小出将則

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