「ニューウェーブ中華」の店で、メニューのペーパーレス化が進む理由

「譚鴨血火鍋」の店内。このQRコードをスキャンしてメニューから注文する


この1年にわたる筆者の観察から断言できるのは、日本の飲食店より中国人経営の店のほうが総じて体温計などの防疫アイテムの導入時期が早かったことだ。それもそのはず、中国のパンデミックへの対応は早く、多くの都市が一時的にロックダウンし、徹底した防疫体制が敷かれたことは広く報じられているとおりである。今日の中国の人たちは、海外に暮らしていても、WeChatなどのSNSで日常的に中国発の情報を収集しているため、対応が早かったと言える。

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2020年4月頃には入口に体温計を設置する店が見られた

その一方で、メニューのペーパーレス化は、チャイニーズ中華のオーナーにとっては悩ましいジレンマでもある。

なぜなら、QRコードの利用で支障がないのは、現状これに慣れている中国人の客が多く、もしもっと多くの日本人客に来店してほしいと思うのなら、このメニューのペーパーレス化はハードルを上げることにつながりかねないからだ。

いまのチャイニーズ中華が提供する新しい料理は、紙のメニューがあって日本語で書かれていても、料理自体をほとんどの日本人客が知らないことから、ペーパーレスでは注文どころではないだろう。

QRコード利用のメニュー自体は、それほどコストがかかるものではないため、資本力の差が導入を妨げるということはなさそうだ。むしろ、最新のサービスを導入していることは店のセールスポイントにもなる。いまやメイン顧客ともいうべき中国の若い世代の客の評価を上げるのにも貢献している。

問題は、自分の店の客層をどう考えているかである。

開店当初は中国人客で賑わったからといって、いつまでも日本人客が来ないような店を続けていていいのか。できれば、日本人客にも来店してほしい。そう考えるのは売上的に当然だし、苦労して日本で商売を始めた彼らがそう願わないわけがない。

とはいえ、現実はメニューのペーパーレス化が進む新規店が増える一方、いまだに日本語表記すらないメニューで営業している店もたくさんある。これらのオーナーは、日本人客の来店を諦めているというより、どうすれば来店してくれるか、その術を知らないといったほうがいいだろう。

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中国語で料理名が手書きされ、日本語は一切なしの店もある

東京にチャイニーズ中華の店が初めて現れたのは1990年代だ。1980年代以降に来日した新華僑である彼らがこの30年間、努めてきたのは、日本の人たちの口に合わせた料理を提供することだった。ところが、状況が変わり、日本の人たちも中国の人たちが懐かしく思う本場の味を求めるようになり、「東京ディープチャイナ」で取り上げている中国各地の地方料理まで供される時代になった。

それは喜ばしいことではあるが、メニューのペーパーレス化をめぐる話題に象徴されるように、日本で中華料理店を経営する中国系オーナーたちの思いは少し複雑なのかもしれない。

連載:東京ディープチャイナ
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文=中村正人 写真=佐藤憲一、東京ディープチャイナ研究会

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