座頭市を愛する高校生の「切り抜けない」青春群像 | 映画 サマーフィルムにのって

忘れかけていた輝けるひと夏を思い出す青春映画だ(c)2021「サマーフィルムにのって」製作委員会


伊藤万理華のコメディエンヌぶりが開花


「サマーフィルムにのって」を「時代劇オタクの女子高校生が、仲間を集めて映画を撮影する話」と書いてしまえばそれまでだが、作品にはさまざまな仕掛けが施されており、作中に登場する時代劇映画をはじめとするディテールにも隅々にまで意匠が凝らされている。作品全体としての完成度も素晴らしく、高校生を描いた青春映画ではあるが、幅広い年代に受け入れられるクオリティの高い作品だ。

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(c)2021「サマーフィルムにのって」製作委員会

監督は、この作品で初めての長編映画に挑んだ松本壮史。それまで一緒にいくつもの映像作品をつくりあげてきた劇団「ロロ」を主宰する三浦直之とともに、このさまざまな要素が詰め込まれた脚本を執筆している。

「まず、『最高に熱い青春映画をつくろう』というところかから考えていきました」という松本監督だが、その着想は、恋愛を主題にしない青春映画にしよう→ものづくりをする若者たちの話にしたい→時代劇オタクがつくる時代劇映画の話にしよう→主人公は流行りには疎くて昔の時代劇俳優が好き、というふうに発展していったという。

作中には、主人公のライバルが撮影する「映画部公認」のキラキラ恋愛映画の場面も登場するが、これがハダシたちのつくる時代劇映画と絶妙のコントラストを示していて、前出の松本監督の狙いが、このあたりに見事に結実されている。

脚本を共同執筆した三浦直之の存在も大きい。主宰する劇団では、若者たちを中心とした恋愛ものを数多く上演しており、代表作「いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三高等学校」(「いつ高」)シリーズは人気が高い。それだけに登場するキャラクターたちにもリアルな魅力がたっぷりと吹き込まれている。

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『サマーフィルムにのって』/8月6日(金)より、新宿武蔵野館、渋谷ホワイトシネクイントほか全国公開/配給:ハピネットファントム・スタジオ/(c)2021「サマーフィルムにのって」製作委員会

そして、なんといっても主役のハダシを演じた元乃木坂46の伊藤万理華の存在が、この作品に素晴らしい躍動感を与えている。時代劇オタクでありながら、自分の作品の撮影のためには全身全霊、猪突猛進で進むその姿は力強くもあり、またユーモラスでもある。

彼女がガニ股で闊歩するシーンや白目を剥いて「座頭市」の居合抜きを演じるシーンなど、コメディエンヌとしての伊藤の才能が見事に開花していると言ってもよい。松本監督も「ものづくりに情熱を注ぐ女子高生、さらに殺陣までやれる人」ということで、主役には当初から伊藤を想定していたという。松本監督が何度もアップでとらえる伊藤の表情がとても印象的だ。

作品のテーマにも繋がる、ハダシが出演を懇望する凛太郎の「秘密」については、一部の作品紹介などでは少し触れられてもいるが、興味深く観てもらうために、ここではあえてそのままにしておこう。実際、筆者も作品に対する何の予備知識もなく観て、おっとそうくるかと驚き、その異色の設定にいたく感心したりもした。

映画愛にあふれた感動的なラストシーンはもちろん、全編を通じて忘れかけていた輝けるひと夏を思い出すかもしれない。そんなファスト映画のように「切り抜く」ことのできない青春映画だ。

連載:シネマ未来鏡
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文=稲垣伸寿

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