全方位の事柄をこなす、映画監督が想う未来──北野唯我「未来の職業」ファイル

大友啓史


北野:ビジネスの力も必要ですね。

大友:そう。僕がハリウッドでわかったのは、監督はアーティストだけでなく、ビジネスプロジェクトのリーダーでもあるんだということ。映画監督には技術も要る、思考や思想も要る、ビジネスプランも要る。それに加え、1つは得意技が必要です。

北野:あらためて、大友監督の得意技とは?

大友:僕のベースは人間ドラマです。何をやっても「人間を撮るんだ」というスタンス。その自分の領域に全部をもち込むつもりでやっています。どんな映画を撮っても、それは人間を描くこと。だから、人間に対する深い造詣をもたなくてはいけません。

北野:根底の「人間観」についてはどうですか?

大友:基本的には、一生かかってもわからないものです。いろんな条件下で、その「人間」の性質が規定される。フィクションの登場人物たちもそうです。人間ひとりの心の中だけは、誰にもわからない。2時間の枠内で描かれることがすべてではない。

どこまで行っても、自分の心すらわからない。だから映画監督という仕事は、スタッフや役者、さまざまな力を借りてつくった “かりそめの結論”を、スクリーンで表出する役割にすぎないと思います。

リーダーの成長で事業は化ける


ドラマ『ハゲタカ』でマネジメントを学び、それを大河ドラマ『龍馬伝』で実践して成功し、映画『るろうに剣心』で海をわたった1人の経営者—それが、大友啓史監督の職業人としてのキャリア変遷である。

「作品とともに作者は成長する」という言葉がある。つくる前と後で「クリエイター自身がまるで異なった姿に成長している」ことこそ、素晴らしい作品の定義だという。『ドラゴンボール』の孫悟空が強くなっていく姿を描くことで鳥山明氏が偉大なクリエイターになったように、『ONE PIECE』のルフィの物語を完成させていく過程で尾田栄一郎氏が日本最高のヒットメーカーになったように、だ。

多くの物語のなかで、登場人物たちは葛藤し、悩み、成長していく。登場人物とは作者の分身を切り出したものであるため、「登場人物の直面する悩みと課題」が、そのまま「作者の抱える悩みと課題」にもなってしまう。クリエイターという職業は、一般人ならできる「課題の分離」ができないほど、その作品の世界観に没頭するのだ。

進化とは、こうした「悩みと課題」をひとつずつ乗り越えていくことで確実に達成されるものである。だからこそ、「作品の進化=作者自身の進化」と定義できる。これはクリエイターの話だけでなく、ビジネスの世界もまったく同じであると私は思う。
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文=神吉弘邦、北野唯我 写真=桑嶋 維(怪物制作所)

この記事は 「Forbes JAPAN No.083 2021年7月号(2021/5/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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