全方位の事柄をこなす、映画監督が想う未来──北野唯我「未来の職業」ファイル

大友啓史


北野:そんな条件に加えて、『ハゲタカ』以降に培ったマネジメント力が生かされた、と?

大友:僕はプロデュースや宣伝もするし、スタッフのモチベーションを含めて演出します。役者の芝居も、どこかで自意識が見えたり、かっこつけて見えたりするのがすごく嫌なんですよ。フィクションの人物たち全員を、実在する人物だと感じたい。「本当のことを撮っている」という感覚にもち込むために、どうやって役者の自意識を抜くか、限界に追い込むか、余計なことを考えないコンディションをつくるかを考えます。だから、VFX(視覚効果)を使わない生身のアクションにこだわり、徹底して練習してもらいます。

北野:監督は「才能」をどうとらえますか。俳優さんを見た瞬間「これは逸材」という感じですか?

大友:自分個人の才能に関して言うと「やり続けられるかどうか」に尽きるのですが、僕が相手の才能に関して考えるのは、「相性」だけですね。

北野:へぇー! 面白い。

大友:映画にとって、その才能が必要かどうかという基準で考えます。わがままなんですけど。

北野:剣心役の佐藤健たけるさんは「合う」と最初から思ったんですか?



大友:岡田以蔵を演じた『龍馬伝』のときから、佇まいなどが僕の好みでしたね。監督にこびないし、周りに変な気も使わない。余計なことは主張せず、自分のやるべきことに集中し、自然と存在感が生まれてきた。そのうち芝居も含めてフォーカスが合ってきて、物語の中で彼の役割はどんどん大きくなりましたね。

人間に対する造詣を深めろ


北野:ところで、映画の製作予算に関しては、どういった感覚でいますか。

大友:シンプルに「題材に適した予算」をちゃんと用意しましょう、ということだけです。日本映画の場合、国内マーケットだけを対象にして、その逆算から予算が決まります。同じ映画館で上映されるハリウッド映画に立ち向かうには、ほかの条件が整わない以上、残念ながら製作現場が頑張ることで支えるしかない。みんなそれに疲れ果てたから、そこまでやれなくなってきているのだと思います。

北野:サステナブルな産業じゃないですよね。

大友:たまたまNetflixなどの配信会社が黒船みたいにやって来て予算規模が変わりました。いままで恵まれなかったコンディションの映画人たちが違う方向に向き始める。スタッフの奪い合いが始まるわけです。現状に甘んじてきた旧勢力がいまのままでいられるのか、ここ2、3年で問われると思います。

北野:もし目の前に映画監督になりたいという15歳、18歳の学生がいたら、どう伝えるでしょう。

大友:病気したり、事故に遭ったりしない限り、監督という仕事は80歳、90歳までできますよ、と言います。映画には小さな映画もあるし、YouTubeでもつくれる。作品を1本撮ってしまえば、誰もが映画監督を名乗れますから。でも、そのなかで、どのラインの監督になりたいの? ということです。

大作を任される映画監督なんて、望んでなれるかというとそうではない。僕もそうですが、経験則と偶然性によるところが大きい。いきなり業界に入っても、忙しく振り回されるだけです。だから「焦るな」と。

監督には覚えることが死ぬほどあるから、大学に行っていろんな経験をして、知識を蓄え、モラトリアムで映画を見て、本を読む時間を十分楽しんでほしい。その間に映画監督になるにはどういう道があるか、本当にやりたい道なのかを確認してください。
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文=神吉弘邦、北野唯我 写真=桑嶋 維(怪物制作所)

この記事は 「Forbes JAPAN No.083 2021年7月号(2021/5/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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