生体電池になる私たちの身体についての覚え書き

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生体電池はイノベーションの鍵になる


テルアビブ大学でナノテクノロジーを研究するエフド・ガジットは、「今回開発した圧電材料のように、環境にやさしい圧電材料は、実際に使われている機械的な力を利用してグリーンエネルギーを生み出すため、幅広い分野で大きな可能性を秘めている」と説明している。それが今回彼らの開発した圧電材料=生体電池に与えられた、最初の物語だ。

たしかに気候変動は世界共通の社会課題であり、生体発電は医療技術の発展のみならず、エネルギー領域全般の課題解決に寄与するものと思われる。テック産業の発展とともにビッグデータはますます価値を持つようになり、ビットコインが日夜マイニングされ続けるなかで、データセンターをかかえるクラウドベンダーは環境負荷の低減に頭を悩まさせている。クラウド利用が浸透しきっていない現在では、オンプレミスからクラウドに置き換わることで消費電力は削減されるが、それは一時的なことに過ぎない。人類が演算をやめない以上、クラウドの消費電力は増加し続け、やがてそれは効率化による電力削減効果を上回るだろう。

こうしたなかで、「人工コラーゲン圧電材料」はテック産業全体を救う新たな電力エネルギーになるかもしれないし、それだけでなく、普及の過程でそれまでの技術基盤では実現不可能だったイノベーションをも生み出していくかもしれない。電池となった人類は、一人ひとりの身体の中でビットコインをマイニングして経済活動を行うようになるかもしれないし、体内にそれぞれのコンピューターを埋め込み、さまざまな演算を行うようになるかもしれない。そのときペースメーカーはもはやペースメーカーとは呼ばれておらず、ナノサイズ化されたAIロボットとして、心収縮のみならず、体内中のあらゆる臓器、神経、細胞を点検して回る、目には見えない無数の健康管理パートナーとなっていることだろう。

しかしそれは、『マトリックス』の世界に近づくということでもある


このようにして、テクノロジーは私たちの生の可能性を広げる。私たちは、生まれたままの私たちでは持ち得なかった巨大な力を、テクノロジーによって持つことができるようになる。そのナノテクノロジーは私たちの命を延ばし、生活を便利にし、地球環境と共生可能なかたちで欲望を駆動してゆく。

たとえばSDGsは、現代における「大きな物語」となって私たちに指針に示す。テクノロジーは、貧困をなくし、飢餓をゼロにし、すべての人に健康と福祉を与え、質の高い教育をみんなに施し、ジェンダー平等を実現し、安全な水とトイレを世界中に提供し、クリーンなエネルギーをみんなに届け、働きがいの確保と経済成長の両立を実現し、産業と技術基盤の基盤をつくり、人や国の不平等をなくし、住み続けられるまちづくりを可能にし、つくる責任とつかう責任を自覚させ、気候変動への具体的な対策となり、海の豊かさを守り、陸の豊かさも守り、平和と公正をすべての人に与え、パートナーシップで目標を達成することを可能にする(*3)。たえざるテクノロジーの発展こそが、持続可能な開発を持続させてゆく。

要するに私たちは、テクノロジーを使うことで、よりよい道へと向かっていくことができるようになる。そういうことになっている。私たちは、私たちの進むべき道を自ら示し、そこに向かって何かを創造したり、利用したりしているように思われる。少なくとも、私はそうであることを願っている。そうであればいいと、私は心の底から思っている。

*3 SDGs(持続可能な開発目標)(https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/
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文=樋口恭介

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