生体電池になる私たちの身体についての覚え書き

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テルアビブ大学が開発した生体電池


しかし、私たちがほっと胸をなでおろし、安心できたのもほんの束の間のことであり、以上は本稿の前置きに過ぎず、近年こうした「生体電池」の研究に動きがあり、本稿の本題はこうして始まる。

2021年7月、テルアビブ大学の研究者を中心とする国際チームは、人体内に電流を発生させることを可能にする新しいテクノロジーを開発したことを発表した(*2)

発表によれば、研究チームはコラーゲンに類似する構造と性質を持つ生体材料を発明し、それを用いてナノメートルサイズの自己発電する構造体を形成したのだという。コラーゲンは、圧力が加えられると発電する性質を持っているが、今回発明された新種の人工生体材料はコラーゲンと同様の圧電性を持ち、また、現在市場に出回っている圧電材料と同等以上の圧電性能を持っている。

この新しいナノテクノロジーによって、私たちは、心拍数、顎の動き、腸の動きなどの体の動きからを電力に変換することができるようになる、将来的には電池を必要としないペースメーカーを利用することができるなど、医療分野への応用が期待できる、というのが発表の概ねの趣旨である。

生まれながらの身体のままでは、私たちの発電能力はたしかにわずかなものであるものの、発達するナノテクノロジーは、私たちの身体を「生体電池」に変えうるのだと、この研究は示唆している。もちろん彼らは『マトリックス』など意識していないし、体内で発電できるようになるということが、すぐさま『マトリックス』の世界に結びつくことはない。点は線でなく面ではない。技術が技術として確立した段階では、それは物語ではない。技術が何かに応用され、人々の手に渡り、生活の中に組み込まれ、それが当たり前のものになり、さらなる利便性が求められ、改良が施され、姿を変えていくというときに、物語は生まれる。その物語は一般に、未来と呼ばれている。

*2 New nanotech will enable a ’healthy’ electric current production inside the human body(https://phys.org/news/2021-07-nanotech-enable-healthy-electric-current.html
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文=樋口恭介

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