では、21世紀の世界において、多くの人々が、この「合理的利他主義」を身につけていくためには、どうすれば良いのか。
その一つの道は、やはり、「教育」と「啓蒙」であろう。すなわち、近視眼的思考による「破壊的な利己主義」が、どのような結果をもたらすのかを、科学的理論や客観的事実、合理的説明によって、多くの人々が理解するようにしていくことである。
例えば、2007年のノーベル平和賞受賞者である、元米国副大統領のアル・ゴアが、著書と映画『不都合な真実』で行おうとしたことは、地球温暖化の引き起こす危機についての、教育と啓蒙であった。
しかし、人々が「合理的利他主義」を身につけるためには、もう一つ、忘れてはならない道がある。
それは、それぞれの国に古くから存在する「叡智の文化」に、光を当てることである。
例えば、この日本においては、昔から、困っている誰かを助け、お礼を言われたとき、「お互い様です」と答える文化があった。また、この国では、「情けは人のためならず」という言葉も語られてきた。
これは「他人を助けることが、自分のためにもなる」との教えを伝える「叡智の言葉」に他ならない。
すなわち、アタリの語る「合理的利他主義」は、決して新しい思想ではない。どの国にも「他人の幸せを大切にすることこそが、自分の幸せに繋がる」という「叡智の文化」が存在したのである。それが、金融資本主義の「近視眼的な利己主義」の奔流の中で、しばし、見失われてきただけなのである。
されば、この国により良き社会を築くために、我々は、海の彼方ではなく、足下の大地をこそ見つめなければならない。そこには、日本的精神と呼ぶべき、深い「叡智の言葉」が眠っている。
自利は、利他なり。利他は、自利なり。
田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院名誉教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)Global Agenda Council元メンバー。全国6700名の経営者やリーダーが集う田坂塾・塾長。著書は『運気を磨く』『直観を磨く』『知性を磨く』など90冊余。