起業家が里山に「スタンフォード」設立へ。原点は「社会に大きなインパクト」を

Sansan代表取締役社長・神山まるごと高専 理事長の寺田親弘

Sansan代表取締役社長の寺田は、同社の経営に全力投球しながら、高専の開校にも力を注ぐ。企業経営という枠に収まりきらない、新しいアントレプレナー像とは。


「神山はシリコンバレーだと、ずっと思ってたんです。だったら、スタンフォードも作りたいなと」 四国の山懐に抱かれた徳島県神山町。いっけんテクノロジーと無縁に見えるのどかな里山に、高等専門学校(高専)を新設する理由を問われ、理事長就任予定の寺田親弘はこう答えた。

2023年4月の開校を目指す私立高専「神山まるごと高専」は全寮制で、生徒数は1学年40人×5年制の計200人。校舎は、移転する神山中学校の旧校舎を改修して活用する予定。無事に開校すれば、04年開校の沖縄高専以来19年ぶりの新設となり、里山に新たな風景が加わることになる。

クラウド名刺管理サービスを提供するSansanが、神山にサテライトオフィスをつくったのは10年10月だった。商社勤務時代にシリコンバレー駐在経験のある寺田は、日本のITエンジニアが東京中心の働き方をしていることに疑問を抱いていた。そんなとき神山でアーティスト・イン・レジデンスなどの活動をしていたNPO法人「グリーンバレー」の大南信也と出会い、その理念に共感。エンジニアに緑の多い環境で生き生き働いてもらいたいと、築70年以上の古民家を改装して「Sansan神山ラボ」を開設した。


Sansan神山ラボ。神山町は徳島県の山あいの町。Sansanがサテライトオフィスを置いたことを皮切りに、複数のIT企業がオフィスを設置している。寺田は、「神山から未来のシリコンバレーを生み出す」ことを目指す。

それが呼び水となり、神山にはIT企業を中心にさまざまな業種のサテライトオフィスが集積。現在は“奇跡の田舎”とも称され、地方創生の成功事例として注目されるようになった。

しかし、エコシステムとしてさらなる発展をするには、まだ足りないピースがある。神山には、シリコンバレーに人材を輩出するスタンフォード大学のような高等教育機関がない。神山での学校づくりを決めた。

寺田はもともと教育に強い関心をもっていたわけではない。高校や大学では友人たちと濃密な人間関係を築いたものの、「学び舎としての学校には期待していなかった。期待していないから、特に不満もない。自分で勝手にやってました」。一方、高所に立って「教育が悪いから日本がダメになった」と嘆くタイプでもなかった。

個人的な体験に突き動かされたわけでもなければ、マクロな視点で教育に危機感をもっていたわけでもない。にもかかわらず、畑違いの教育事業を手がけるのはなぜか。そう問うと、寺田は言葉を選びながらこう答えた。

「起業家気質なんでしょう。自分というリソースを使って、社会に大きなインパクトを与えたいというのが僕の原点。Sansanもそのつもりでやっていて、その他、ビジネス以外のところで社会にインパクトを与えられるものは何かと考えたとき、思い浮かんだのが教育だった。そういう意味では、社会課題というより僕の野心から出発しています」

神山に高専を新設するのも、社会に与えられるインパクトの大きさを考えた結果だ。
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文=村上 敬 写真=ヤン・ブース

この記事は 「Forbes JAPAN No.082 2021年6月号(2021/4/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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