起業家が里山に「スタンフォード」設立へ。原点は「社会に大きなインパクト」を

Sansan代表取締役社長・神山まるごと高専 理事長の寺田親弘


「『寺田さんが理事長をやるべき。やらないならプロジェクトを白紙に戻すべき』と逆に突き付けられたんです。僕はSansanに本気で取り組んでいるし、上場したばかりでもある。だから両方はできないと考えていました。しかし、山川さんに真剣に迫られて、ああ、できるかできないかじゃなくて、やるかやらないかだなと」


神山まるごと高専の理事長に寺田、学校長に大蔵峰樹、クリエイティブディレクター兼 理事に山川 咲が就任

腹をくくった寺田は自ら理事長に就くことを決め、山川はクリエイティブディレクター兼理事という立場でかかわることになった。

もちろん名ばかりの理事長ではない。学校設立資金は、約15億円。そのうち約5億円は寺田個人が拠出するが、ほかにも多額の寄付が必要になる。寄付金集めは理事長の重要な仕事で、企業や個人のあいだを駆けずり回る毎日だ。

起業とは違う難しさ


寺田はSansanで上場までに累計114億円の資金調達をしている。資金集めはお手のものかと思いきや、勝手が違うようだ。

「スタートアップのほうが簡単でした。こっちは企業価値を絶対に高めるつもりでいるから、『プラスしてお返ししますから出資してください』と言えます。でも、学校は『リターンを返せませんけど、寄付してください』でしょ。これで賛同を得るのは難しい」

リターンがないという寄付のハードルを乗り越えるための手は打っている。神山町に働きかけて、企業版ふるさと納税の用途に神山まるごと高専の開校経費を加えてもらったのだ。

企業版ふるさと納税は、国が認定した地方創生プロジェクトに企業が寄付した場合、最大90%まで法人関係の税額が控除される仕組み。例えば、1億円寄付すると、最大約9000万円の法人関係税が軽減される。すでにアカツキやLITALICOがこの仕組みを利用して寄付を決めた。

それでも道のりは険しい。寄付集め以外にも、やるべきことが山のようにある。比喩的な表現だろうが、大蔵や山川と「胸ぐらをつかみあって熱いやりとりをする毎日」だという。

「Sansanも真剣にやってます。ただ、本業における自分の成長は、もはや結果からしか感じられません。自分が何を考えて何をやろうと、結果がすべて。それに対して神山まるごと高専は新しい挑戦で、僕も自分のスタイルにないことをやっていかないといけない。内なる成長を感じられるのは、とても新鮮です」


神山まるごと高専の予定地。神山中学校、旧校舎の再利用を中心に、新校舎の設計を予定。同校は、学校内での活動にとどまらず、神山町の企業らと協力し生きた学習を目指す。

気になるのは、本業との両立だ。二足のわらじでエネルギーが分散され、それぞれが中途半端になってはいないのか。

現在、理事長として寄付集めに奔走し、多くの企業に訪問を行っている。それだけ聞けば、Sansanへのコミットメントが弱くなったと受け取れなくもない。

しかし、時間を捻出し、本業に割く時間はほとんど変わっていない。質についても、「取材前も、Sansanの新規プロダクトのレビューでガンガンに議論してきたばかり」と、引き続き全力投球していると話す。

理想は、単に2つの事業を両立するだけでなく、シナジーを生み出すことだろう。しかし、それについては「わからない」という。

「僕は一点突破でイノベーションを起こしたいタイプで、あれもこれもと重ねるスタイルは美しいと思わない。自分が神山まるごと高専にかかわることが、会社にとっていいことなのか。いまも葛藤はあります」

悩める胸中を吐露した寺田だが、最後は力強い言葉で締めくくった。

「いま僕の熱量が、かつてない上がり方をしていることは確かです。仮にSansanと神山まるごと高専で目指すところに矛盾があっても、それがわからないくらいのスピードで駆け抜ければいい。そう思って両方100%でやるだけです」


てらだ・ちかひろ◎1976年生まれ。慶應義塾大学卒。三井物産に入社し、情報産業部門に配属された後、シリコンバレーでベンチャー企業支援に従事。帰国後、社内ベンチャーの立ち上げや関連会社への出向を経て、2007年にSansanを創業。法人向けクラウド名刺管理サービスを提供する。19年、東証マザーズへ上場。21年東証一部へ市場変更。

文=村上 敬 写真=ヤン・ブース

この記事は 「Forbes JAPAN No.082 2021年6月号(2021/4/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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