起業家が里山に「スタンフォード」設立へ。原点は「社会に大きなインパクト」を

Sansan代表取締役社長・神山まるごと高専 理事長の寺田親弘


一口に教育といっても、そのかたちはさまざまである。学習塾のようにビジネスとして展開してもいいし、私塾を開いて次世代を育成したり、財団をつくって奨学金を出すやり方もある。しかし、寺田は3つの仮説に基づいて神山まるごと高専の開校を決めた。

まずは「高専最強」説である。

「自分の10代を振り返ると、高校の選択くらいから意思の萌芽が始まっていました。10代後半は一気に大人になっていく大切な時期なのに、いまの高校は大学の予備校になっているじゃないですか。一方、高専は15歳から20歳で、卒業後は就職先から人気だし、もちろん大学に編入してもいい。社会に直結している教育パッケージとして最強だと思います」

次は「起業家教育最強」説だ。

「起業時は、『便所掃除だってなんだってやってやる』という気持ちで、自分が立てた目標に向かって、何もかもをやらなくてはいけません。自分の殻を破り、2回、3回と挑戦するうちに成長できます。その中で、本当に世界を変える起業家が出てくるはず」

そして3つめが、先ほど説明した「神山はシリコンバレー」説。これらの仮説を組み合わせて導き出した答えが、神山に新しい高専をつくって起業家教育を取り入れることだった。

その思想は、神山まるごと高専のコンセプト「テクノロジー×デザインで、人間の未来を変える学校」にも集約されている。

「まず核として、ものをつくる力、テクノロジーがある。これはもともと高専が得意なところです。ただ、技術偏重では伝わらないのでデザインの力もいる。さらにそれを社会に問うて接続していく力(起業家力やアントレプレナーシップといっていい)も欠かせない。それらがかけ合わさったときに、未来を変えられる人が育っていく。そうした若者を輩出することが、社会にインパクトを与えることになる」

いまでこそ言語化できているものの、18年夏にまわりに声をかけていた段階では、「神山でおもしろい高専つくりましょう」という程度の粗いイメージしかもっていなかった。突拍子もない提案に、神山の人々もあっけに取られていただろう。しかし、寺田はそうした反応に気づかなかったという。

「起業家はイカレてるんです。SansanのCMを初めて作ったときにクリエイター回りをしたら、相手にされず、ひどいことを言われたことがあったそうです。でも、僕はその記憶がなくて、一緒に行った社員に後で聞いても、『え、ほんと?』と。高専のときも、本当はポカーンとされていたのかもしれません。でも、そういうのは覚えてなくて(笑)」

幸い、神山には寺田のアイデアを受け止めてくれる大南というパートナーがいた。二人三脚でコンセプトを説いて回り、町の関係者やプロボノを巻き込んでいった。

19年6月21日、設立プロジェクトを正式に発足させた。実はその2日前、Sansanは東証マザーズへの上場を果たしたばかりだった。この時点で寺田は「アンカー的なお金を自分が出して、あとは誰かにやってもらえれば」と、裏方に徹するつもりでいた。


発起人3人により、神山まるごと高専のプロジェクトが始動(写真左から、大南信也、寺田親弘、国見昭仁)

実際、そう考えて人探しに奔走し、20年秋には、ZOZOの元CTOである大蔵峰樹から学校長就任の約束を取り付けた。大蔵は福井高専出身者で、起業経験もある。神山まるごと高専が育成したい人材像を体現している適任者だ。

残るのは、学校を運営する理事長だ。日本初の全寮制国際高校UWC ISAK Japanの小林りんに紹介されたのは、CRAZY WEDDINGの創業者・山川咲。何度もアプローチを重ね、いよいよ口説き落とせると思った瞬間、山川から返ってきたのは想定外の言葉だった。
次ページ > 起業とは違う難しさ

文=村上 敬 写真=ヤン・ブース

この記事は 「Forbes JAPAN No.082 2021年6月号(2021/4/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

ForbesBrandVoice

人気記事