数十万症例を知る精神科医が指摘。コロナうつは「これから」が危険

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憧れの駐在員から「社内ニート」に


繰り返しになるが、コロナショックをきっかけにうつ病になった人は少なくない。ここで、伊藤氏によるある男性の事例解説を通して、うつ病になるまでの過程を考察したい。うつ病になってしまった男性、予防できる余地は当時あったのだろうか。

とある自動車メーカーに勤務していた40代前半の会社員A氏。海外事業部に属していた彼は、2020年2月に家族を連れて、憧れていたインドでの駐在生活をスタートさせた。当時の意気込みは、これまでのキャリアの中で最も高いと言っても過言ではなかった。

しかし到着早々、インドも他国と同じくロックダウンとなり、そのまま現地で自粛生活を送ることになった。状況が早々に回復することを願っていたものの、帰国も考えざるを得ない。しかし、帰国してもポジションが残っているかわからない。生活の不安だけでなく、キャリアの不安などが、日に日に募っていった。

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結局、同年5月に会社から帰国するよう命じられ、日本に戻る。しばらく様子を見てから、またインドで改めて駐在生活を再開する予定だったが、8月に下された判断は「駐在中止」だった。

幸い、「無責任に解雇できない」という企業側の理由でリストラには至らなかったものの、A氏に残された仕事は、日本にはほとんどなかった。つまり、駐在先の「ロックダウン」という前例のない事態に雇用側も対処できず、社員は「宙ぶらりんな状態」が続いたという。

「見通しの不在」が彼を病ませた


11月、とうとうA氏は精神的なしんどさに耐えられず、上司に相談したところ伊藤氏が営む精神科へ訪れることになった。A氏はその時、生まれて初めて「うつ病」と診断されたのだ。

伊藤氏は次のようにA氏の状況を振り返る。「うつ病の原因は『不安』なのです。A氏の場合、会社における自分の地位がなくなるのではないかという不安に、長期間駆られていました」。

ここで、重要なポイントがあるという。A氏はある「ギャップ」によってうつ病に陥ってしまった。

「うつ病の発症に影響するのは『感情のギャップ』です。駐在当初のワクワクから、帰国前後で感情は底まで落ちていきました。この感情のギャップは、精神的に人を苦しめ、うつ病を引き起こす大きな原因となります」

では、どうすればA氏はメンタルの不調をきたさずに済んだのか。企業や上司は、当時何ができたのだろうか。

「駐在員たちが帰国した時点で、会社もしくは上司が社員に『今後の見通し』を大体でも伝えることができたら、A氏もそれほど動揺することがなかったでしょう」

コロナショックにより駐在が中止になるのは誰にも止められなかった。しかし、会社が早々に判断を下し、会社の今後の方針や対応について進捗だけでも共有できていたら、A氏や同じ海外事業部の社員たちは、不安を軽減できた。長期間の不安から成るストレスが、ジリジリとA氏を疲弊させていったのだ。

家族や友人。コロナうつの予防を。


A氏のように、中長期的に不安な気持ちを抱えたままの人は、要注意である。世界が一変した2020年冬から1年以上が経つが、これまで抱えてきた小さな不安や懸念がある人は、生活や環境を見直したい。また、普段気にかけていなくても、家族や友人、同僚の様子を改めて伺いたいところだ。

発熱すると身の回りのことを自分でできなくなるように、うつ病を患うとやる気や行動力が低下し、正しい判断ができなくなる。

一刻も早く社会規制や移動の制限が緩和され、元通りに近い日常に戻ることを願う一方で、自らだけでなく大切なひとの「コロナうつ」の予防も心がけたい。

文=裵麗善/Ryoseon Bae 編集=石井節子

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