ときに嘔吐したり、気絶したりするほどの厳しいトレーニングを繰り返しながら、結果と常に対峙してきた為末さんには、やがていくつかの結論のようなものを得ることになります。
「例えば、結果には原因が必ずあるのだということです。たまたまうまくいったということは絶対にありえないんです」
そして、勝利をつかむには、徹底的な自己分析が必要になるということ。自分がどんな人間であるかを知らなければ勝ち目はないということです。
「僕は典型的な一発屋なんです。できれば、一発屋なんて言いたくないんですけど、それが現実なので仕方がない。年に何度もあるレースをコンスタントに勝てる選手ではなく、特定のレースだけは力を発揮できる選手なのです。となれば、僕がやるべきなのは、このレースという目標を定めたら、その日を一発屋として最高の日にすべく、逆算してプログラミングしていくことだったんです」
理想は、自分の身体に聞きながら、当日のレースのタイムを事前にずばり言い当てられるようになることだと為末さんは語っていました。
自分の肉体を隅々まで熟知し、日々の苛酷なトレーニングで身体にどんな影響を与えれば、それがどんな結果を及ぼすのか、日々データを蓄積していったのです。
「結果に原因があるのは、肉体もそうです。例えば、小学生の女の子が走るとき、手を横に振って走りますよね。あれはちゃんとメカニズムがあるんです。女の子は骨盤が広い。だから、足の幅も広い。その状態で走ったりすると、横に振れて遠心力が働き速く走れない。だから、それを抑えようとして手を使うことになる。必然なんです」
どの筋肉が、どの骨が、どの神経が、どのように他の部位に影響を与えるのか、為末さんはしっかりと把握していました。そして、その肉体を微妙にコントロールしながら、ベストなコンディションを集中してつくり上げていったのです。
「もちろん、試行錯誤して失敗もしました。でも、2度目の銅メダルは、レース当日にまさに1年で最も調子のいい状態に持っていくことができた。あれは、してやったりのメダルだったんです」
世界レベルは、これほどまでに凄まじいのです。
「リスクをとらないリスク」に気づく
現役を引退したばかりの頃のインタビューでは、こんなことも語っていました。
「スポーツの世界は、みんなが100パーセントの努力をしています。でも、一般社会に出て思ったのは、努力をしている人もいるけれど、していない人も多いということ。必死で努力したら、けっこうイケるんじゃないかと正直思いました。だから、野心を持って頑張る意味はあると思う」
そして、為末さんの視点から一般社会を見て、これは危ないぞと感じたこともあったと言います。
「追い込まれる状況から逃げがちな人が多いことですね。自分の能力を限界まで出す機会は、限られた人にしかない。それでは自分の限界がわからない。限界からリカバーするシステムもつくれない。もっと言えば、自分の弱さにも気づけない」
自分が弱いとわかるから、強くなろうとするというのです。
「自分がどのくらい弱いか、ちゃんと覗いたことがある人がどのくらいいるか。本当の自分に気づけていない人も多いと思うんです。危機を自ら望むのはおかしいですが、危機が起きそうな場所に飛び込んだりすることは重要。『リスクをとらないリスク』について、意外と語られていない気がします」
また自分自身を成長させるために、為末さんは次のようないくつかの心がけをしていると語っていました。
「自分を壊すことです。思い込んでいるものが壊される場所にあえて行く。居心地の悪い場所に好んで行く。定期的に恥をかくんです。あとは、大物に会うことです。ちゃんと見透かされておく。年下の天才に会って衝撃を受けておく。
自分を褒めてくれる人や、自分の気持ちのいい人たちと会っていると、ごまかし続けられるんですよ。これでは危ない」
世界で戦うのは、アスリートばかりではありません。ビジネスパーソンも同様。世界で本気で勝ち抜こうと思ったら、為末さんのような本気の努力が必要な時代なのです。
連載:上阪徹の名言百出
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