I am a Tokyo-based journalist

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開催中の東京オリンピックの費用についてエコノミストが考えるとき、そこでの「費用」というのは、当然のことながら「費やされるお金の額」であることが多い。その額は公式発表では1兆6000億円強だが、民間の試算では倍近くに達するとみられている。

とはいえ、真に問題とすべき費用は経済学でいう「機会費用」だ。2013年に当時の安倍晋三首相が2020年大会の招致を勝ちとってから、彼の政権が選んだのは、デフレからの脱却と1964年の魔法のちょっとした再現をめざす政策だった。安倍政権は思い切ったものに聞こえるこの政策の実行を、あらゆる機会を通じて追求した。

もちろん、これは「東京」オリンピックである。しかし、そのわりに東京都の小池百合子知事には、あまり目立った役回りが与えられていないことに気づくだろう。このオリンピックは結局、世界の注目を集める2週間ほどの期間を利用して、与党の自民党が1964年方式で地政学的な影響力を高めようとするものなのだ。

その年、東京は近代オリンピックのなかでも真にスペクタクルだったと言える大会を開催した。それは、戦後の日本が、世界秩序を覆す技術大国として登場したことを告げる祭典だった。東京は、摩天楼が立ち並びネオンに照らされたスカイラインや、前衛的なスタジアム、時速210キロで疾走する未来主義的な新幹線で世界を驚嘆させた。

日本が国際社会に大々的な復帰を果たすうえでは、安倍の祖父で1964年のオリンピック招致に成功した岸信介首相の功績もあった。安倍にとって2020年の東京大会は、2回にわたるオリンピック招致成功という一族のレガシーの円環を閉じるとともに、56年前の大会後の好況を再現するための手段だった。

言うまでもなく、コロナ禍によってその筋書きは狂わされた。日本は大会の1年延期によって数千億円規模の追加負担を余儀なくされたうえ、自民党が当て込んでいた4000万人の訪日旅行者も失った。

しかし、最も驚くべきなのは、技術大国としての日本の復興を示してみせた1964年と、現在とのあまりに大きなギャップだろう。2020年の日本は経済規模では中国に次ぐアジア2位に転落し、技術はマンネリ化してしまっている。

かつてウォークマンやパソコン、トリニトロンのカラーテレビ、新型ゲーム機などで世の中を一変させた日本株式会社は、今ではスマートフォンやメモリーチップといった分野で韓国に後れをとっている。今大会の取材のために世界各国から大勢のスポーツ記者が日本に来ているが、彼らの大きな不満の種になっているのは、使用が義務づけられているモバイルアプリやウェブサイトの使い勝手の悪さだ。これもあまり印象が良くないだろう。

安倍政権は、おじいちゃんの時代に引けをとらないような盛大な見世物の開催にこだわった。それ自体が、日本経済が凋落している理由をよく物語っている。

編集=江戸伸禎

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