若者が移住したがる小さな町 引き継がれる秀逸な「物語」

photographs by Yansu Kim


その結果どうなったか。写真家が大勢移住し、町や店のガイドブック、企業のパンフレットなどを製作する際に写真のクオリティが高くなった。腕のある料理人も移住して、素敵なレストランが増えた。それを知り、センスのよい暮らしに憧れる人が続いて移住。若年人口が増え続け、2017年には40年ぶりに人口が8000人を超えた。

また、東川町は「家具の町」でもある。

そもそも旭川市が昭和30~40年代に「家具産地」として高く評価された地域なのだという。だが、昭和50年代に入り、箪笥よりもクローゼットの生活となって、需要が激減。そこから時代に合うデザイン家具を製作するようになった。

隣町である東川町も同様に家具の町としての歴史が50年以上あって、不景気に陥った家具業界を復活させるべく、奮闘した。そのうちのひとつが、東川で生まれた子ども全員に椅子が贈られる「君の椅子」というプロジェクトだ。「誕生する子どもを迎える喜びを、地域の人々で分かち合いたい」という旭川大学大学院ゼミの会話を発端に、2006年からスタート。椅子のデザインは著名なデザイナーが担当し、東川在住の木工作家が製作している。

これは東川が「家具の町」であることを日本中にPRできるブランディングのひとつでもあるが、なんといっても提供された子どもたちが小学校の卒業式に座って写真におさまったり、大人になってインテリアのひとつとして部屋に飾ったり、親になったら子に贈ったり……という、人生が椅子とともに引き継がれるような物語性が秀逸だと思う。

「ようこそ。君の居場所はここにあるよ」というメッセージのこめられた椅子が町から贈られるというだけで、ここで子を産み育てたいと思う親は少なくないのではないか。

クリエイティブな町には移住したくなる。そこにはおいしいレストランも必ずある。僕は北海道美瑛町に友人から借り受けた土地があって、そこに書斎だけの別荘をつくろうと考え中なのだが、東川町にもN35のサテライトオフィスをつくろうか、なんて妄想している。

今月の一皿

京都「京菓子司 末富」の主人・山口祥二氏直伝の「わらび餅」。餅の中に餡が包まれ、筆者も大のお気に入り。



blank

都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。




小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わり、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。

この記事は 「Forbes JAPAN No.082 2021年6月号(2021/4/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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