アカデミー脚本賞の話題作、精緻な復讐劇が光る「プロミシング・ヤング・ウーマン」

「前途有望な若い女性」だったキャシーの描く復讐劇の行方は(c)2020 Focus Features


「女性による復讐の映画を書きたかった。人に頼らず自分の力で問題を解決する女性の映画が増えているが、その手の映画はひどく暴力的だったり、セクシーだったり、異様に暗かったりする。私が描きたかったのは、現実の世界で普通の女性が復讐を果たすリアリティのある作品で、銃とはまず無縁です」

「銃とは無縁」というフェネルの言葉通り、劇中で展開される復讐劇は決してバイオレンスなものではなく、女性監督らしいニュアンスに溢れたものになっている。

タイトルの「プロミシング・ヤング・ウーマン」とは、「前途有望な若い女性」という意味。いささか反語的意味合いも含んだタイトルだが、物語は夜毎クラブに通うアラサーの女性が主人公だ。

深夜のクラブ、泥酔したと思われる女性がソファでしどけなく佇んでいる。1人の男性が近づき、彼女をタクシーで送っていこうとする。見た目では意識が朦朧としている彼女を、男性は自分の部屋へと連れて行く。男性が下心を露わにした瞬間、女性は目を見開き、かねてから準備していたかのように反撃に出る。

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(c)Focus Features

次のシーンは、早朝、ハンバーガーを片手に裸足で闊歩していく力強い女性の姿だ。彼女の手には赤いものが付着している。ハンバーガーのトマトソースかそれとも血糊か。オープニングはややホラー作品のような設(しつらえ)だ。

女性は、キャシー(キャリー・マリガン)。独身で、コーヒーショップの店員をしているが(彼女がこの店で手にしている本の題名はフェネルの短編映画のもの)、かつては大学の医学部に通い、まさに前途有望な「プロミシング・ヤング・ウーマン」だった。親友のニーナが犠牲となったある事件をきっかけに大学を中退、いまは両親とともに実家暮らしの日々を送っている。

30歳の誕生日、両親が彼女にプレゼントしたのは、かわいいラッピングが施されたスーツケースだった。早くパートナーを見つけて家から巣立って欲しいと願っているのだろうと考えるキャシー。しかし彼女は「彼氏、ヨガ、家、子供、仕事など望んでいない。欲しければとっくに手にしている」と呟く。

キャシーは、何も変わらぬ退屈な人生を送っていると見せかけ、女性を狙う男性たちに正義の鉄槌を下す日々を送っていたのだ。

ある日、偶然にもキャシーの働くコーヒーショップに、かつて同じ大学に通っていて、いまは小児科医となっているライアン(ボー・バーナム)が訪れる。ライアンは学生時代からキャシーに好意を抱いており、突然、大学を去った彼女に再会を果たしたことで、かつての思いが再燃する。

ライアンのデートの誘いに最初はつれなくしていたキャシーだったが、優しく誠実そうな彼に少しずつ心が傾いていく。このあたりから作品はラブコメディのような展開を見せていく。2人が歌い踊るドラッグストアのシーンなどは完全に愛の歓喜を讃えるミュージカルのようだ。

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(c)Focus Features

大学を中退して以来、暗い闇を抱えた人生を送っていたキャシーだったが、ライアンの出現で新たな生活への可能性も感じていたその矢先、彼から親友ニーナの事件の首謀者が、新たな門出を迎えようとしていることを知るのだった……。
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文=稲垣伸寿

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