ビジネス

2021.07.16

「人材版伊藤レポート」の意義や本質とは


──同レポートの問題意識は。

日本企業で主流だった「メンバーシップ型」雇用の「負」の影響が表面化している点だ。終身雇用で、組織の決定やルールの遵守を求められることで、社員の自律性や自立性が削がれ、かつ、長期雇用のため自分の出すエネルギーを平準化して全力を尽くさなくなる。私が「悪性安心感」と呼ぶものがまん延している。

また、「かわいそう文化」と呼んでいるが、事業に携わる社員の雇用を気にして、不採算部門の売却や廃止をはじめとする企業における事業の「選択と集中」、新陳代謝が進まないのもその一因だろう。

さらに、経営陣も「メンバーならついてきてくれるはずだ」という「イナーシャ(慣性)による楽観主義」にも陥りやすい。こうした制度疲労が出てきていることへの問題提起だ。

──今後、人的資本経営はより重要性が増していく。

間違いない。国内外の機関投資家の間では、ESG(環境・社会・企業統治)投資のなかでも「S」が持続的な企業価値向上に不可欠で、かつ、株価パフォーマンスとの相関性も高い、という認識は広がり、ムーブメントが起こりつつある。今回のレポートでは、グローバル市場で事業展開する上場企業を想定したが、非上場企業においても、基本的な考え方は変わりがない。人的資本経営が巧みか、拙劣かで、大きな差が出てくるだろう。


いとう・くにお◎一橋大学CFO教育研究センター長・同大経営管理研究科名誉教授。中央大学戦略経営研究科特任教授。一橋大学大学院商学研究科科長・商学部長、一橋大学副学長を歴任。ROEを8%に高める必要性を訴えた経済産業省「伊藤レポート」は経済界に大きな影響を与え、その後の日本のコーポレートガバナンス改革をけん引した。

文=山本智之 イラストレーション=アレクサンダー・サビック

この記事は 「Forbes JAPAN No.082 2021年6月号(2021/4/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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