和久傳は、同店の他にも、割烹スタイルの「室町和久傳」やJR京都伊勢丹内の「京都和久傳」、蕎麦と料理の「五」、朝食が食べられる「丹」と、多彩かつクオリティの高さを遵守した店を展開している。
もしかしたら、和久傳の名を、れんこん菓子「西湖」を筆頭にしたおもたせやお取り寄せの品々で記憶している人も多いかもしれない。こちらは紫野和久傳という別会社になっているが、いずれも京丹後で100年以上続いた料理旅館「和久傳」をルーツに、3代目当主夫人であった桑村 綾さんが、丹後ちりめんの衰退を憂うなか、京の都に出店することを決意し、一代で築き上げた美食の王国なのである。
今や一大企業と言える規模であるが、伝統を受け継ぎながらも、実は環境問題や地方創生に大きく貢献している料理店であることはあまり知られていない。「ミシュランガイド京都・大阪2021」においても、環境に配慮している店に与えられる新評価規格「グリーンスター」を高台寺和久傳、室町和久傳、丹がそれぞれ取得している。
今回は、長く和久傳グループに勤務している小川大輔料理長に、企業としての取り組みや理念、目指すところを聞いた。
地域とつながる和久傳の森
秋田生まれの小川さんは、高校卒業後、大阪の調理師学校で学び、ホテルを経て、14年前に京都和久傳に入店した。当時をこう振り返る。
「入社するとまず、和久傳のルーツである京丹後に位置する広大な田んぼの田植え、草取り、稲刈りなどの洗礼を受けるんです。それは料理人ばかりでなく、洗い場や事務方の職員も一緒になって。それまで農業の経験がなかったので、実際キツかったですね。完全無農薬で米や野菜を作ることがどれだけ大変であるかを体感し、いやがうえにも食材への愛情や農業への畏敬の念がわきました」
桑村 綾さんが2007年、「和久傳のルーツである京丹後の地に戻り、何か地元の役に立ちたい」と最初に取り組んだのが、「西湖」を製造する工房の建設だった。人気に火がつき、製造数が増えても、手作りのぬくもりを残したいと、今でも地元の笹で一つ一つ丁寧に手で包んでいる。その工房の建設には、地元の雇用を生み出せねばという、真摯な思いがあった。