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ヴァージン・ギャラクティック創業者のリチャード・ブランソン(C)virgingalactic

7月11日、リチャード・ブランソンの宇宙旅行会社ヴァージン・ギャラクティックは、自社の創業者を宇宙空間に送り込むという偉業を達成した。その当日、ニューメキシコ州のトゥルース・オア・コンセクエンス近郊の砂漠に設置された発射基地「スペースポート・アメリカ」は、活気に満ちていた。

早朝にもかかわらず、DJが音楽をかけ、有名人や業界の大物、そして何年も前に宇宙旅行のチケットを購入した多くの人々が集まっていた。ライブ配信されたトークショーの司会はスティーブン・コルベアが務め、R&Bアーティストのカリードが新曲を披露した。

現地時間午前10時30分過ぎ、ギャラクティック社の飛行機「VMSイブ」は、宇宙船「VSSユニティ」を胴体部分に乗せて離陸した。約50分後に高度約14キロに達すると、ユニティは、ロケットエンジンを噴射して宇宙への上昇を開始した。

ユニティは高度86キロ前後の宇宙空間に上昇した後、ゆっくりと降下し、パイロットの巧みな操縦によってエンジンの力を一切使わずに滑空し、午前11時40分に着陸した。

「我々の使命はすべての人にとって宇宙を身近な場所にすることだ。次の世代のドリーマーたちを、新しい時代の宇宙飛行士にしたい」と、飛行を終えたリチャード・ブランソンは語った。

リチャード・ブランソンよりも前に、宇宙に行ったビリオネアは何人か存在する。しかし、自身が設立した企業の宇宙船で宇宙に行った富豪は、ブランソンが初めてだ。今回の宇宙飛行の成功は、彼が17年前に始めた旅の集大成となった。

2004年から始まった旅


2004年10月、再利用可能な宇宙船を製作したチームに1000万ドルを提供する「アンサリXプライズ」を獲得したのが、モハベ・エアロスペース・ベンチャーズ社だった。同社が開発した宇宙船「スペースシップワン」は、バート・ルータンが設計し、マイクロソフトの共同創業者であるポール・アレンが支援したものだった。


2005年、ヴァージン・ギャラクティックは発射基地「スペースポート・アメリカ」を建設することを発表した。写真右がリチャード・ブランソン(Getty Images)

モハベ社はその技術をリチャード・ブランソンにライセンス供与し、ブランソンはその技術を使ってより大きな宇宙船を作り、商業的な宇宙旅行事業として運営するためにヴァージン・ギャラクティックを設立した。

ギャラクティック社は、創業後まもなく20万ドルで宇宙への旅のチケットを販売し始め、2013年には価格を25万ドルに引き上げ、これまでに600人以上に販売している。ブランソンは当初、2009年には商業運航を開始すると約束したが、いくつもの重大な挫折を経験し、スケジュールは大幅に遅延した。

編集=上田裕資

リチャード・ブランソン宇宙

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