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AI・データ時代におけるビジネスパーソンのあり方と日本企業の進むべき道筋とは。データサイエンスとビジネスをブリッジする人材の育成を使命とする滋賀大学データサイエンス学部教授の河本薫に、PwCコンサルティング合同会社 データアナリティクス ディレクターの三善心平が話を聞いた。


ここに、ひとつのデータがある。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の公表資料「AI白書2020」によると、7,000社へのアンケートから得られた525の回答を集計した結果、「すでにAIを導入している」と回答した企業は4.2%に過ぎなかった。「現在、実証実験(PoC)を行っている」と回答した企業4.8%を加えても、わずか9%にしか達していない。日本の企業はAIの導入に対し、あまりにも非積極的ではないか。さらに言えば、「関心はあるが、まだ特に予定はない」という答えがいまだに51.2%も寄せられている。諸外国と比べて、あまりにも遅れをとっていないかーー。

日本の企業は、何を理由にこれほど後れをとっているのだろうか。AI導入を検討する企業に課題を尋ねた結果、得られた358の回答では、「自社内にAIについての理解が不足している」と答えた企業が55.0%でトップだった。この「理解が不足している」の主語は、誰になるのか。日本企業のAI導入が遅々として進まない根本理由は、意思決定をつかさどる経営・マネジメント層の理解不足にあるのではないか。

いま、滋賀大学データサイエンス学部でAI人材育成に携わる河本薫は、未来を変える経営者を生み出そうとしている。

なぜ、日本企業の競争力は弱まったのか


河本薫(以下、河本) 私は2018年まで27年間、大阪ガスという会社で働いてきました。後半の20年近くはデータ分析でビジネスに貢献する仕事をしてきて、そのうちの最後の10年はデータ分析の専門組織を率いていました。そうしたなかで若手の育成にも携わり、組織を定着させることができました。

私自身は、バブル崩壊後に日本の経済が凋落していくのを見てきて、日本企業の競争力が低下していく負の連鎖をどこで断ち切って反転させていくかを考えたときに、人材教育の大切さを痛感してきました。

組織が定着してひと区切りというタイミングで、滋賀大学に新設されるデータサイエンス学部からお誘いを受けたので、人材を育てることを自らの使命として教授の任に就かせていただきました。私には「教育こそが負の連鎖を反転させる最初の歯車になる」という信念があります。


滋賀大学データサイエンス学部教授 河本 薫

三善心平(以下、三善) 長年にわたって企業で実務を経験し、ビジネスマインドを有している河本教授のような方が大学教育に関わられることに、私も大きな意義と可能性を感じているところです。河本教授は、いま日本企業の競争力が弱まってしまっている原因について、どのような考えをおもちでしょうか。

河本 端的に言えば、AI・データの時代になったからです。それなのに、この時代において戦える人材が日本企業に欠如しているのが、競争力低下の原因だと考えています。


PwCコンサルティング合同会社 データアナリティクス ディレクター 三善 心平

かつて日本企業は、「技術で勝ってビジネスに負けた」と揶揄(やゆ)されました。いま、ようやく国を挙げてAIの技術に長けた専門人材を育てようと動き出してはいますが、経営課題としてAIを捉えることのできるビジネスパーソンの育成については、まだまだ意識が足りていない状況です。このままでは、AIの専門技術で世界に追い付くことはできても、AIを使ったビジネスでは負け続けることになるでしょう。

三善 このAI・データの時代にリーダーシップを発揮して業績の向上につなげていける経営者の育成こそが、まずは大事だということでしょうか。

河本 そうです。私が大学教育の主眼に置いているのも、AIやデータサイエンスに対する十分な知識とビジネスで活躍できる素養をもち、将来的には経営者になれる人材の育成です。

AIの利活用における経営者のイシューとは


三善 企業が競争力を高めるための本質的な議論は、単にAIを使って自社の業務プロセスを刷新するというだけでは成り立ちません。既存の事業をいかに変革していくか、新規の事業をいかに創発していくかに目を向ける必要があります。それらにAIを用いるという意思決定は、経営者の責任において下されるものです。

当然ながら、これからの経営者にはAIやデータサイエンスに対する知識が必須となります。しかし、現状では「AIの導入によって何を達成したいのか」というゴール設定ができる経営者が少ないと感じています。

AIには何ができるのか、どのようにAIとつき合ったらいいのかというリテラシーを得たうえで、全社横断的に活動を推進していくリーダーシップが欠如しているのです。そこにAIの利活用を阻害する大きな要因があり、諸外国に対して優位性をもって活動することを難しくしているのではないでしょうか。AIの利活用においては、「経営目線で会社を変革する」というレイヤーに課題を引き上げないといけません。

河本 AIが自社のビジネス環境にどのような影響を与えるか。いま、経営者には、そのチャンスとリスクを自分の頭の中でいかに想像できるかが問われています。

また、「自分たちは、どこを目指すのか」というビジョンメイキングがなされないままに、部下に対して「それでは、よろしく頼むよ」といった任せ方をしてもAIによる革新は進みません。部下が具体的に動き出せる、強い意志をもったビジョンメイキングができる経営者が少ない。それが、いまの日本の実情でしょう。

三善 同時に、ビジョンメイキングがしっかりとなされても組織が円滑に動いていかないという問題もありますね。

河本 AIを使って新規の事業を興していくというのは、音楽に例えるとジャズなんですね。きっちりと決められた楽譜がないなかで、それぞれが音を奏でないといけません。ところが、日本の企業組織は交響楽団なのです。交響楽団が臨機応変なジャズを奏でるのは難しいわけです。

そこでコンダクターたる経営者は、AI時代において機能するジャズバンドのような組織づくりにも挑む必要がでてきます。ビジョンを打ち立てること。ビジョンを打ち立てた後に機能できる組織をつくること。いま、企業の経営者が抱えているイシューは、このふたつになると思います。

AI人材育成の要諦と日本企業の勝機について


三善 先ほど、河本教授は「AIやデータサイエンスの知識があって経営者になれる人材」を育成したいと考えているとお話をされましたが、滋賀大学データサイエンス学部で行われている教育について、もう少し詳しく教えてください。

河本 私が育てようとしているのは、方法論が目的化するような人材ではなく、ビジネスの課題を解決するところに価値観の軸足を置いた人材です。もちろん、方法論の専門家は日本にとって大切なのですが、それだけではだめだという意識があります。

ですから、数学やプログラムなどの方法論を深掘りしていく教育とは違う、さまざまな企業の協力を仰ぎながら実際のデータを使って課題を解決していくPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)に取り組んでいます。PBLの結果は、企業の担当者に厳しく評価してもらっています。また、座学においては「ビジネス思考力」というタイトルでロジカルシンキングについて講義を行い、さまざまな課題設定のフレームワークも教えています。

三善 日本の未来のために、産学の連携が行われているのですね。いまの日本企業および経営者が抱えているイシューにも通じると思うのですが、日本人は課題を発見する力が弱いといわれがちなのは、なぜだと思われますか。

河本 これには、楽観論と悲観論があります。「小中高の教育で与えられた問題を正しく解くことばかりをしてきたから」というのが楽観的なシナリオです。楽観というのは、そこを変えれば何とかなるからですね。

これに対して、「日本人に固有のものではないか」というのが悲観的なシナリオです。島国で同質性が高い国民の間には阿吽(あうん)の呼吸というものがあるために、社会のなかで問題や課題は何だろうと論理的にディスカッションする必要性が低いのかもしれません。先天的ではないにしても、本質的に課題発見力が身に付いていかない土壌があるということです。

いまの学生を見ていても、そこのところの力が弱いと感じます。難しい分析法を使うのが得意な学生であっても、問題を発見するところから始めさせると思考が停止してしまうのです。優秀な学生ほど、そういった傾向が強いようにも思えます。

三善 たとえ、課題発見力が身に付いていかない土壌が日本にあったとしても、意識的に訓練を行えば、やがては変わっていくと信じたいのですが……。

河本 そうですね。実は希望も見いだしています。企業と連携したPBLでは問題を明示せずに自ら考えさせるよう工夫しています。そのようなPBLを繰り返し受講することで、学生は「単に問題を解く」のではなくて、「問題を見つけること」に喜びや価値観をもつように変化します。与えられた問題よりも、自分で見つけだした問題を解くのがおもしろいと思い始める学生が多くなっていくのを実感しています。

三善 そうした河本教授の実感は、企業におけるAI人材の育成はもちろんのこと、AI・データ利活用が有効に機能するジャズバンド的な組織づくりといった意味においても希望がもてるものですね。

PwCコンサルティングでは、AI・データ利活用を目指す企業に対し、人材および組織の育成支援プログラムを展開しています。AI・データ利活用のためのリテラシー獲得から実践に必要なナレッジ獲得までを幅広くサポートする座学研修にはじまり、組織設計と人材要件のゴール設定、AIビジネス企画とAI実装の体験型ワークショップ、自社課題解決のなかでAI・データ利活用を応用して自走化するための伴走型支援という3つを行っています。

河本 組織の階層別に人材育成を行っているのですね。

三善 そうなのです。階層ごとに育成する際の課題が異なるからです。

AI・データ利活用への理解がなく、全社レベルでの戦略策定や投資判断が十分にできていない経営層。AI・データ利活用の重要性について未認識で、自社のビジネス上で利活用する際の勘所を理解できていないプロジェクト推進層(中堅社員)。AI・データ利活用の基礎的な知識が身に付いていないリテラシー獲得層(主に新卒社員)。この3層に分けています。

 

 

どの階層においても、AI・データの利活用と自社のビジネスをひも付けする意識が働いていないといけないのは同じです。データサイエンスとビジネスのブリッジを教育の基本に据えられている河本教授のお考えとは、そこがまさに共鳴するところです。学生の時点で万全のリテラシーを備え、PBLでケースワークも実行済みという人材を獲得できれば、企業は大きな価値を得られることになりますね。

河本 そうですね。三善さんの実感としてはAIビジネスに対する日本企業の直近の熱意、あるいは今後の行動変容について、どのように受け止めていますか。

三善 昨年来のコロナ禍で国民の行動様式が変わり、ビジネスのあり方にも待ったなしの変革が求められるようになりました。そうしたなかで、自社が保有するデータの価値、重要性を再考する企業は確実に増えています。ただ、具体的な行動に移るフェーズとなると立ち止まってしまう企業が多いようです。

これからは日本企業でもAIビジネスを内製化する動きが顕著になっていくと考えているのですが、そのための人材育成プログラムまでを保有している企業は少ないでしょう。AIビジネスのプロジェクト推進層は、それぞれの職種(アナリティクス・トランスレーター、データサイエンティスト、ビジネスアナリスト、データエンジニア)で求められるスキルセットも異なってきますから、自社だけで人材育成を完結させるのは難しいのではないでしょうか。そのため、私たちがコンサルティングファームとしてそうした育成を支援しています。

河本 さらに先々のことまで考えれば、AIビジネスのプロジェクト推進層だけに留まらず、全社のあらゆる部署でデータが利活用されていくのが理想ですね。

例えば、マーケティングの施策立案の担当者だからこそもっているドメイン知識とデータ活用の力が合わさることで、良案が生まれます。工場で不良品が出た際にも、データを活用できるスキルと工場の仕組みに対する理解が合わさったときに、スピーディな原因究明が可能になります。ひとりの人間がひとつの頭の中で両方をこなすことに大きなアドバンテージがあるのです。

三善 いまの日本企業において匠と呼ばれるような現場の人間の頭の中に眠っている業務知見や勘所も、データアナリティクスの技術で形式化・定量化されれば、全社の共有資産になります。AIがあれば、鬼に金棒なのです。

これからの日本企業は、この金棒を使いこなしてほしいですね。実は日本には良質な学習データが諸外国よりも数多く眠っていると、私は考えています。これまで局所的に溜まっていた暗黙知がAIによって共有されたとき、日本企業は世界に対して勝機を見いだせるようになるのではないでしょうか。


かわもと・かおる◎1989年、京都大学工学部数理工学科卒業。1991年、京都大学大学院工学研究科応用システム科学専攻修了。1991年、大阪ガス入社。1998年、米ローレンスバークレー国立研究所でデータ分析に従事。2011年、ビジネスアナリシスセンター所長に就任。2013年、日経情報ストラテジーが選出する「データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー」受賞。大阪大学招聘教授を兼任。2018年4月1日より現職。

みよし・しんぺい◎日系自動車メーカーで生産管理、原価管理、経営企画などに携わった後、外資系統計解析ベンダーを経てPwCコンサルティング合同会社に入社。アナリティクスコンサルタントとして多種多様な業界・業務課題に対するアナリティクス活用の案件をリードしてきた経験を生かしながら、現職ではAI・マシンラーニングのビジネス活用構想策定、実証実験から仕組み化までのプロジェクトを多数手掛ける。

Promoted by PwC Japan / text by 國領磨人 / edit by 高城昭夫

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