身近なあのホテルも国際スパイ戦の舞台に

平壌の高麗ホテル(Torsten Pursche / Shutterstock.com)


あるとき、韓国政府の中堅幹部がソウルの高級ホテルにある日本料理店で日本大使館員と会食した。幹部はせっかくの機会だからと、所属する役所の広報誌を封筒に入れて持参した。

翌日、この中堅幹部は役所の上司から呼び出された。上司はいきなり、「お前は昨夜、何をやっていたんだ」と詰問したという。中堅幹部が驚いていると、この上司は机に数枚の写真をぶちまけた。そこには、封筒を持ってホテル内を歩く中堅幹部の写真と、何も持たずに歩く写真がそれぞれ含まれていた。中堅幹部は当時、「国情院は、私が封筒のなかに機密書類を入れていたのではないかと疑ったようだ」と打ち明け話をしてくれた。

2011年2月には、ソウル滞在中のインドネシア大統領特使団が宿泊するホテルの部屋に忍び込み、戻ってきたインドネシア政府関係者に見つかるという失態を犯した。韓国メディアは当時、韓国が諸外国に売り込んでいる空軍練習機の価格交渉の情報を得るのが目的だったと伝えていた。

もちろん、上には上がいる。日本の訪問団がしばしば利用する平壌の高麗ホテルは盗聴器の設置されていない場所がないということで有名だ。

部屋の場合、特に窓際の天井などに重点的に盗聴器が仕掛けられているという。これは、人間が盗聴を警戒するとき、自然と窓際に立つという心理を読んだうえでの工作なのだという。シャワールームには不自然に出っ張った個所がある。ここには盗撮設備が仕込まれているというのが、もっぱらの噂だった。情報関係者たちは「ターゲットの既往症やスキャンダルを握るのが目的だろう」という見立てを語っていた。


羊角島ホテルから見た平壌市内(2012年8月)(Chintung Lee / Shutterstock.com)

また、羊角島ホテルに宿泊した知人が朝、ホテル周辺を散歩した後、ホテルに戻ろうとした。近道をしようと思って、手近にあったドアを開けると、暗い部屋のなかで小銃を持った大勢の兵士の視線が一斉に知人に注がれたという。「目が合った瞬間、凍り付いた」と苦笑いしていた。この知人は何事もなく解放されたのが不幸中の幸いだった。

韓国や北朝鮮に比べるとおっとりしているような日本だが、過去にこんな話も聞いた。防衛省情報本部電波部の前身、陸上幕僚監部二部別室(二別)の室員だった方から聞いた話だ。

金大中氏拉致事件当時、グランドパレスから発信された韓国人たちの通話を、二別担当者が傍受した。韓国人たちは拉致事件の実行者たちだった。傍受したのは自衛官ではなく、内閣調査室(現内閣情報調査室)の外郭団体からの出向者だったという。結局、この傍受した内容は、事件の捜査には生かされなかった。

あの事件からもうすぐ半世紀。すでに金大中氏も鬼籍に入り、舞台になったホテルも閉館した。日本の情報組織を巡る議論はその後、間欠泉のように吹き上がるが、いまだ、国際社会の水準に達したとは言えない状況が続いている。人権の面からみてそれが良いことなのか、あるいは安全保障の面からみて不幸なことなのか、その議論すら今はほとんど見られない。

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文=牧野愛博

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