『万引き家族』と『半地下の家族』
受賞作は茨城・東海村の工業高校を舞台に女子高校生3人の友情などを描いたもの。大学進学のためにマリファナの種を盗んで育て、カネを工面しようとする姿をユーモアも織り交ぜながら描写した。小説のセオリーを無視した型にはまらない点や言葉遣いのおもしろさなどが選考委員の高い評価を受けたという。
健筆の原動力になったのは作者の閉塞感を打破したいとの思いや、差別、偏見などへの憤りだ。彼によれば、工業高校は男子学生が圧倒的に多く、現代の男性優位社会の象徴という見立て。そこには、「性別による差異や経済格差を背景にした分断状態の解消に向けて一石を投じたい」との気持ちが投影されている。
作者の筆致に強い影響を与えた映画作品が、カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した『万引き家族』と、オスカーに輝いた韓国の『パラサイト 半地下の家族』。いずれも「格差社会」をテーマにしたヒット作だ。経済的に恵まれない状況を強いられた家族が逆転をもくろむストーリー。悲しい結末を迎える点も共通している。
「犯罪行為に頼るしかない人たちに寄り添った視点で書かれた上質のエンタテインメント」と語る作者。両作品で描かれている家族は、「万事快調」に登場する3人の女子高生の姿に重なる。マリファナ栽培という非合法な手段を通じて一攫千金を図り、閉塞社会からの脱出を試みようとする彼女たちの苦悩や葛藤は、容易に埋めることのできない「格差」の存在を浮き彫りにする。
音楽業界の動向などについて話す授業を彼が受講していたとき、感想や意見を書いて提出したリアクションペーパーには、ヒップホップに関する記述が目立っていた。ヒップホップといえば、米ニューヨークのブロンクス地区に住むアフリカ系米国人中心に広まった文化だ。「ヒップホップは本来、何かを表現する立場になれない人でも創作したものを表現できるジャンルであり、そうした間口の広さや懐の深さに魅力を感じる」。
手元のリアクションペーパーを読み返すと、次のような指摘もある。「チャイルディッシュ・ガンビーノの『This is America』のヒットには(当時の)米トランプ政権の存在が関係している」。同曲のミュージックビデオはアフリカ系米国人が銃社会の犠牲になったことを連想させるなどと話題になった。
松本清張賞作家、波木銅。大学のクラスメートが就活に傾注する中、文筆を生業にすることを決めた若者の腹の底には差別や偏見に対する怒りがふつふつと煮えたぎっている。
連載 : 足で稼ぐ大学教員が読む経済
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