松本清張賞受賞の大学生が描く「工業高校は社会の縮図」

波木銅(なみき・どう)氏(21)

とんでもない快挙の報に接し、驚きを表現する言葉が次々と脳裏に浮かんだ。筆者の勤務する大正大学の現役学生が文芸界でとてつもなく栄誉ある松本清張賞を受賞したのだ。

同賞は1992年に死去した松本清張の業績を称えて翌93年に創設されたもので、「ジャンルを問わない広義のエンタテインメント小説」が募集対象。過去には映画化された『クライマーズ・ハイ』『64(ロクヨン)』で知られる横山秀夫氏などの人気作家も受賞している。

学生の受賞作は「万事快調(オール・グリーンズ)」という長編小説。748の応募作品から4篇が最終候補として残り、選考委員の支持を集めた。作者は波木銅(なみき・どう)氏(21)。といってもピンとこない。「鈴木涼」という本名を聞けば、「ああ、涼くんね」とすぐにわかる。筆者が身を置く表現学部表現文化学科放送・映像表現コースに在籍する正真正銘の教え子、4年生である。

ゼミの担当教員として彼を指導する同僚の的場真唯・専任講師も「春休みに何をしていたのか聞いたら、“文章を書いている”とは言っていたが、まさかこんな大作を仕上げていたとは…」と寝耳に水だった。一方で、筆者は受賞を聞いて穴に入りたい衝動にもかられた。将来を嘱望される新進気鋭の作家を前に、「文章はキャッチ(導入部分)が大事なんだよ」などと授業で偉そうにのたまった記憶がよみがえったからだ。

茨城・日立市の出身。小説執筆の醍醐味に魅了されたのは、中学時代に一冊の本と出会ったのがきっかけだった。伊坂幸太郎氏の『ラッシュライフ』を「たぶん学校の図書館で手に取ったのだろう」。それ以降、小説の文章表現のおもしろさに引き込まれていく。高校時代はネット上のコミュニティなどに投稿していたが、「あまり読まれなかった」。大学へ入学後、一段と本腰を入れるが、各出版社の新人賞に応募しては落選を繰り返した。

高校時代から映画にものめり込む。「映画館が自宅の近くになかったので『TSUTAYA』へ頻繁に足を運んでいた」。大学への入学後も新型コロナウイルスの感染拡大まで週3~4回、映画館に通う毎日を送っていた。現在、籍を置く放送・映像表現コースはスタジオを活用した映像コンテンツの制作実習などが授業の中心。文章を書く機会は少ないものの、「文筆は一人でできても映像制作などの独学は難しい」と考え、同コースの受験を決めた。

授業などを通じた彼の印象は、同調圧力に屈しない個性的な人物。コースの仲間から離れ、一人で受講している光景もよく見かける。「群れることがあまり好きでない」。
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文=松崎泰弘

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