シスコが掲げる旗には強い信念が込められている。目指すのは、「誰もが平等に機会を得られ、誰もが個性・才能を存分に発揮できる多様性にあふれた社会」。そんな理想を実現するために、世界中で様々なプロジェクトに取り組んでいる。
今回、シスコ日本法人代表執行役員会長である鈴木和洋に話を聞いた。
環境に左右されず、誰にも平等にチャンスがある社会を目指す
「現在、多くの企業が製品やサービス、ビジネスモデルに変革をもたらすDX(デジタルトランスフォーメーション)に積極的に取り組んでいますが、まだまだ『部分最適化』の域を出ないケースも多い。シスコが提唱するデジタイゼーションは、ビジネス、教育や医療といった分野で部分最適を目指すのではなく、あらゆる分野・領域をつないで社会そのものを変えていく。そうすることではじめて、インクルーシブな社会の構築が可能となります」
自社が掲げる未来像を語る、シスコの代表執行役員会長の鈴木和洋に次なる質問をしてみた。すなわち、「インクルーシブな社会とはどんな社会なのでしょうか?」
「インクルーシブな社会とは、誰一人として取り残されることなく、機会が与えられる社会です。例えば、過疎地の子どもでも世界トップクラスの大学の講義をオンラインで受講できる。あるいは、診療所がない離島に住むお年寄りもタブレットで医師の診断やアドバイスを受けられる。これまでは、住んでいる環境によりシャットダウンされていた機会を得られることになり、ブレイクスルーが可能になる。なぜなら、多様性と失われた機会の掘り起こしこそが、イノベーションの源泉となるからです」
現に、シスコという会社は多様な人種、多様な考え方を尊重しながら事業を拡大してきた。
新型コロナが大きな転機となった日本のデジタイゼーション
まさにインクルーシブな社会は、グローバルに製品/サービスを提供するシスコだからこそ可能な世界観ともいえる。すでに同社では、欧米、アジア、南米、アフリカ、オセアニアなど世界中でインクルーシブな未来の構築に向けた取り組みを行っている。
「インクルーシブな社会の実現には国の成長が不可欠です。ただし、国や地域によって課題が異なるので、それらを解決していくことがインクルーシブな社会実現のエンジンになると考えています。その具体的なアプローチが当社の推進するCountry Digitalization Acceleration(CDA)です。各国の政府、教育機関、企業とパートナーシップを組んで、国家成長戦略への貢献、ニューノーマル下におけるデジタル化の加速、新産業の創出、継続的なイノベーションエコシステムへの構築など、あらゆる分野でCDAを推進しています」
では、世界ではどのような形でデジタイゼーションが進んでいるのだろうか? 例えば、オランダの港湾都市ロッテルダムはスマートポートに生まれ変わっている。船舶の出入りが世界有数の過密な港湾として知られるロッテルダムでは、船舶の安全航行と効率的な運航を実現するために、センサーによって天候、水位、風などの様々なデータを取得して、AIが最善の船舶の入出航のタイミングやルート設定を可能にしている。
その他にも再生可能エネルギー導入が進むドイツではスマートグリッドシステムの構築といったように、各国や地域の状況に対応した形でデジタイゼーションが進んでいる。
一方、日本はどうだろうか。欧米と比べると社会のデジタル化が進んでいるとはいいがたい。しかし、そんな状況を一変させたのが新型コロナ感染症の拡大だ。企業ではテレワークが一般的となり、教育機関はオンライン授業が可能な環境整備を迫られ、病院もオンラインによるコミュニケーションの必要性が浮上した。
「コロナ禍によりニューノーマルが定着し、多くの方が社会のデジタル化の必要性を強く感じたのは間違いないでしょう。たしかに日本は欧米ほどデジタル化への移行はスピーディではありません。その最大の理由は合意形成に時間をかけるから。そのため変革のスピードが遅くなってしまうのです。
しかし、一度、合意形成がなされたら着実に物事を前に進める能力に長けています。社会のデジタル化も同様に、コロナ禍によってその必要性を否応なしに感じたわけで、ここから確実にデジタル化への移行が進むと期待しています。もちろん、当社では日本のデジタイゼーションに寄与するために、日本政府の政策と同調しながら様々な分野でプロジェクトを推進しています」
教育、医療、スポーツ・エンタメで成果を上げるCDA
数多くある分野の中でも、シスコがとくに大きな成果を挙げているのが「教育」「医療」「スポーツ・エンターテインメント」である。まず教育では地方自治体や教育機関と連携を図って、Wi-Fiのネットワークを整備して、どこでも授業が受けられるシステムを提供している。また、独自の取り組みとして「シスコ デジタル スクール ネットワーク」も展開。これは生徒たちが、いつでも、どこでも、どんなデバイスからでも学習に参加できるデジタルラーニングプラットフォームである。国内外の学校をつなぎ、合同授業の受講、学生間でのディスカッションや交流などが行えるもので、離島や過疎地の学校でも参加が可能。まさに教育におけるインクルーシブな取り組みといえる。
シスコが提供するネットワーキングアカデミープログラムは、世界180カ国、日本国内では161校が活用・連携している。
医療分野もコロナ禍で急速にデジタル化が進んでいるが、シスコでは様々なソリューションを提供している。
まず挙げられるのは、Web会議システムを活用した病院の内外をつなぐソリューションの提供だ。人との接触ができない状況下でもオンラインでの問診や、家族と遮断された患者にタブレットを配布し、オンラインで会話できるようにすることで心のケアを可能にしている。
病院内でのコミュニケーション基盤の整備も進めている。例えば、PHSでのナースコールでは基地局への接続台数や着信時の画面表示などの制限があるのだが、シスコとAppleの連携ソリューションによるiPhoneでのナースコールは、着信時に患者名や呼び出し種別なども表示、通話中の割り込みや着信選択機能など、現場目線で仕様が強化されている。
また、電子カルテを共有できるデータベースを構築し、病院内どこからでもカルテの閲覧を可能にする院内インフラの整備など、情報の共有・伝達の基盤を整え、コミュケーションの幅を広げることで、医療の現場が大きく変わる期待感を持たれている。
離れた場所にいる複数の専門医やスタッフで、一人の患者をケアすることも可能になる。
「スポーツ・エンターテインメント」では、ゴールデングランプリ陸上や全国高校ラグビー大会をオンラインで配信。リアルタイムで会場とファンをつないだ。
「スポーツやエンターテインメントは、本来、人を集めなければビジネスになりませんでした。ところがオンライン配信はもちろん、新しいサービスも生まれています。例えば、あるプロ野球球団では、オンラインで選手と会話ができるサービスをスタートしました。このサービスで選手とファンの距離も縮まるなどの効果も生まれています。コロナが収束しても継続して続くサービスになるのではないでしょうか。このようにデジタル化することで今までなかった新しい価値が生まれる。それもデジタイゼーションの成果のひとつです」
自らが描く未来を着実に手繰り寄せるように話をする鈴木和洋
インクルーシブな社会に不可欠なものは、「競争」から「共創」という考え方
シスコでは、すでに多くのプロジェクトが進行しているが、今後はどのようなフェーズを経て、デジタイゼーションを推進していくのだろうか。
「日本におけるCDAは、実証から実装の橋渡しを目指している。実証段階では、1、2年ぐらいでデジタル化による効果を証明していきます。そして、それを社会実装につながるようにもっていきたい」
その時に何よりも重要になるのが、情報共有だと鈴木は指摘する。
モビリティを例に挙げると、東京から北海道の小さな町に最短で行きたい場合、飛行機、電車、車などの各移動手段の情報がつながっていなければ最適なルートは導き出せない。さらに、交通規制、事故情報や渋滞情報、過去における渋滞情報、ルート周辺で行われるイベント情報、気象情報など、あらゆる情報をつなげて分析することで、最適なルートを導き出すことができる。
「つなげて、データを集めて、分析して、より価値のある情報にする」。
デジタイゼーションはインクルーシブな社会実現の「大いなる手段」なのだ。
当然、シスコだけで、デジタルインフラを構築することはできない。通信インフラ事業者をはじめシステムインテグレータなどとの協働も不可欠だ。
「社会のデジタル化を深化させていくには、業種や企業間の垣根を越えてお互いが持つ情報や知見をオープンにしながら協働していくことが重要です。それがなければインクルーシブな世界は構築できません。これからの時代に大切になるのは、『競争』から『共創」という考え方です。そうすることで新しい価値が見出され、新しい市場も生まれて社会も安定する。そういう意味でも、多くの企業や団体と共創することで、既存の垣根やバリアを突破してインクルーシブな世界を目指したいですね」
インクルーシブな社会が実現すると、誰にもチャンスが生まれ、それぞれの「個性」「才能」をいかんなく発揮できることになり、多様性のある社会の創出にもつながる。そんな社会に向けて、シスコは確実に前進を続ける。
シスコシステムズ https://www.cisco.com/c/ja_jp/index.html
鈴木和洋◎シスコシステムズ代表執行役員会長。慶應義塾大学 経済学部卒業後、日本アイ・ビー・エム、日本マイクロソフトを経て、シスコ入社。シスコの日本全体のビジネスマネジメントに加えて、中長期成長戦略、および東京2020オリンピック・パラリンピックプロジェクトを担当。