「日本にはクリエイティビティを発揮する人たちの分母が圧倒的に小さく、エコシステムや環境も十分ではありません。日本のビジネスはどうしても部分最適になりがちなので、まずグランドデザインを考えなければならない。大きな変革やイノベーションを生み出すためには、それこそが必要なことだと感じました」
2013年にサンフランシスコ・シリコンバレーを訪れたときに、タイトなスケジュールではあったが、シタテル代表の河野秀和は、痛切にそれを感じたのだという。38歳の時だった。
シタテル代表取締役CEO 河野秀和
アパレル産業の多重構造を解消するプラットフォームを
河野が生まれ育った熊本は昔からファッションカルチャーが発展しており、セレクトショップや衣服関連事業が多くあり、河野にとってファッションは身近な存在だった。それだけに、アパレル業界に対する課題意識は強かった。
以前、河野は大手アパレル小売の倉庫を訪ねたことがある。そしてそこにある定価のプライスタグの付いた大量の在庫が、焼却待ちであることを知ったという。どうしてこんなことが起きるのか——。河野は業界について徹底的に分析・調査した。すると、アパレル産業にはブランド事業者、縫製工場、資材メーカー、仲介業者などさまざまなプレイヤーが存在し、多重構造化しており、複雑怪奇な状態になっていることがわかった。
河野が当時勤務していた金融業界では、すでにクラウドやインターネットサービスを利用した情報管理が行われていた。それをアパレル業界の多重構造解消に活用できないだろうか。そう考えた河野はまずバリューチェーンを改革するための手段として、衣服のカスタマイズサービスを立ち上げたがそれだけでは十分ではなかった。業界そのものの仕組みを変えたい。そのためにはさらなるアイデアが必要だった。 そんななか、ベンチャーキャピタリスト主催のアクセラレーションプログラムに選考され、河野は米国へ向かうことになった。
当時米国ではスタートアップが次々と既存のサービスをデジタル化し、「GAFA」を中心に世界を席巻していた。短期間だったが刺激を受けた河野はカスタマイズサービスからピボットし、本格的にアパレル業界にゲームチェンジを起こそうと考えるようになる。そして、帰国してすぐ実現に向けたビジネスモデルのグランドデザインを描き、2014年3月にシタテルを創業した。
sitateru(シタテル)は衣服生産を支援するプラットフォームだ。縫製工場の得意分野や空き状況などのデータベースを蓄積・管理し、ブランド事業者は条件に合った工場に発注することができる。繁忙期と閑散期を正確に把握できるので、例えばセレクトショップなどが、普段であれば引き受け先を見つられない小ロットの発注を、閑散期を活用して工場に発注することも可能だ。
「単に支援や流通をショートカットするのではなく、それぞれのプレイヤーを放射線状に効率よくつなぐことでシームレスに取引ができる仕組みをつくりたいと思い、立ち上げました。将来的に大量生産・大量消費から多品種・少量生産へ移行していくという仮説を立て、短納期・適量生産を求められる時代がくることを意識しながらやってきましたが、いままさにそういう状態になってきています」(河野)
サステナビリティと機能、美しさを共存させるポルトフィーノM
昨年から続くコロナ禍で、アパレル業界は苦境に立たされている。そのなかで産業全体の効率を上げ製品の廃棄を減らし、いかにして持続可能な発展を実現していくかが同社に課せられたミッションだ。ポルトフィーノMに対面した河野は、そんな自分たちに通ずるものを感じた。
「ポルトフィーノMは従来モデルからパワーアップしながらも、欧州の厳しい排ガス規制をクリアしています。美意識や感性の部分とテクノロジー、それに社会性を超高次元で実現していることが魅力的です。サステナビリティの文脈然り、われわれもテクノロジーで産業を変えていくというミッションを抱えており、親和性を感じました」
車名に加えられたMは「Modificata(英語のModified)」の頭文字であり、ポルトフィーノの進化版であることを表している。最高出力は従来モデルから20馬力上がって620馬力。1台でクーペとオープンを楽しめ、エレガンスとコンフォートをそのままにメカニズムをアップデートしている。機能が変わってもエレガンスを忘れないポルトフィーノMのように、河野も常に美意識にこだわってきた。
「前例のないことに挑戦するには、ロジック(理屈)だけでは通用しない部分があります。重要な判断をくだしていくのに自分なりの美意識や感性がなければ、決断が揺らぎかねません。美意識や感性は、経営者にとってマストだと思っています」
シタテルは、効率化だけでなくファッション性や美も追求してきた。河野はポルトフィーノMに乗り込むと、高い美意識によって構成されたパーツのひとつひとつを確かめるように眺めた。
「乗った瞬間にマネジメントがしっかり効いていると感じました。プロダクトに関わっている方々に、課せられた責任以上のこだわりがないと、こういったラグジュアリーブランドは成立しません。それが見事に表現されています。本当にいい製品は打算的につくってできるものではなく、プロダクトやサービスへの愛情をもってしてはじめてつくることができると私たちも考えています。魂は細部に宿ると言いますが、それが滲み出ている感応的で高品質なプロダクトであると感じました」
もちろん、ポルトフィーノMの魅力は美しさだけではない。アクセルを踏み込んだ際のレスポンスのよさに、河野は久しぶりにクルマに乗る楽しさを体感した。いまはSUVタイプのクルマに乗っているが河野は日常でポルトフィーノMを駆る姿を想像する。
「息子とふたりで乗って、普段話せないことを話してみたいですね。もしかしたら会話なんてなくてもいいかもしれません。風とエンジン音にドキドキする——。そういう体験をしてみたいです。あとは普段あまりクルマに興味がない妻が一人息抜きでワインディングロードを走ってきて、帰ってきたら少し明るい表情をしている、そんな日常の生活のなかで、ときには非日常も演出し、心が豊かになるシーンをイメージします」
世界中のプレイヤーが創造性を発揮できるプラットフォームを目指して
ポルトフィーノMのテーマは「再発見の旅」。シタテルと河野にとってこれまでの歩みは、まさに再発見の連続だった。
「デマンドサイドとサプライサイドそれぞれに課題があって、さらに踏み込めば、デマンドサイドには販売やマーケティングの課題などがあり、サプライサイドには生産の課題、管理の課題、調達の課題があります。細分化されたこれらの課題をひとつずつ仕組みで解決していくのは一朝一夕にできることではなく、日々新しい気づきを得ながら機能を開発してきました」
シタテルは昨年4月、進化版である「sitateru CLOUD 生産支援」をリリースした。約1,300社のサプライヤに直接生産を発注し、生産情報をクラウド上で一元管理できるようになった。コロナ禍の影響でユーザー数は順調に推移し、流通総額は1年で1億円を突破した。
さらに今年2月には、在庫ゼロの製販一体型ECパッケージ「sitateru CLOUD 販売支援」をリリースした。受注成立数・目標数を設定し、クラウドファンディングのように注文数が採算ラインを超えた場合のみ生産・販売を行う。理論上の在庫はゼロ。アパレル産業が抱える大量生産・大量破棄の課題解決を加速させ、業界に活力を与える革新的なサービスと言えるだろう。
“再発見の旅”を続けるシタテルがその先に見据えるのは海外展開だ。すでにsitateru CLOUDを通じてアジア各国のサプライヤに発注できるサービスが整っているが、将来的には欧州にも広げていく計画だ。フェラーリの母国に進出する日もやがてやってくるかもしれない。
河野が目指すのは、衣服に携わる世界中のプレイヤーが能動的にクリエイティビティを発揮できるプラットフォームだ。
「それぞれのプレイヤーが活躍できる場所や環境づくりをしたいという思いが根底にあります。“創造”と“想像”を融合させ、人々の豊かな思考によって社会をよりよくしていくサポートをし、実現していきたいと思います」
Ferrari Portofino M
ポルトフィーノは北イタリアにある港町の名前で、イタリアで最も美しい町と称される。2020年9月にイタリアで発表され、日本では21年1月に上陸した。ルーフを開ければオープンカーに、閉じればクーペになる、リトラクタブル・ハード•トップ(RHT)を備えている。全長4,594mm×全幅1,938mm×全高1,318mm。3,855ccのV8DOHCツインターボエンジンを搭載し、0-100km/hの加速は3.45秒、最高速度は320km/hを実現する。車両価格2,737万円(税込)〜。
https://www.ferrari.com/ja-JP/auto/ferrari-portofino-m
河野秀和◎メーカー・金融機関を経て独立。経営支援事業や衣服のカスタマイズ事業を行い、VC主催のアクセラレーションプログラムにより、2013年サンフランシスコ・シリコンバレーで、スタートアップ企業の経営戦略、ファイナンス戦略等見識を深める。帰国後2014年シタテル株式会社を創業。熊本と東京を拠点に活動。
公開中|01 日本初のCDO・長瀬次英が語る、「Ferrari Roma」が女性も虜にする理由
公開中|02 アストロスケール岡田光信が「Ferrari Roma」に見いだしたビジネスの本質
本記事|03 シタテル河野秀和とフェラーリ「ポルトフィーノM」がシンクロする、至高を生む「再発見の旅」