未来はどこまで意志で変えられるか。最新脳科学で見た「決断の境界線」

ケンブリッジ大学の神経科学者 ハナー・クリッチロウ

脳神経科学の進歩により、人間の行動と脳の関係の理解が進んでいる。およそ1.5kgの脳にある神経細胞が何百兆もの接続を形成し、非常に複雑で繊細な回路基板を構成。この脳内で起きている電気信号のコミュニケーション、脳の神経回路こそが「心」であり、それが行動を起こさせるという。

最新の知見を紹介する『「運命」と「選択」の科学』を上梓した、ケンブリッジ大学の神経科学者であるハナー・クリッチロウに聞いた。


──脳の神経回路は人間の行動にどのように関わっているのでしょうか。それを理解することで何ができるのでしょうか。

我々がどうやって決断を下すのか、どうすればもっと効果的に人々とコミュニケーションが取れるのかを知ることができれば、調和的で合意にもとづいた行動が取れるようになります。そうすれば、脳の持つ力をもっと活用できる。

重要なのは、この地球上のすべての人々は、それぞれ特別で固有の何百兆ものつながりがある神経回路をもっているということです。この神経回路は遺伝子によってその構造や働き方が決定されており、遺伝子には我々の祖先から伝わってきた記憶も組み込まれています。また、その人の経験、特に幼少期の経験が神経回路の機能に影響してきます。そうして、我々の行動をつくり出しています。

──脳の神経回路を理解することで、人々の行動を理解することができるということですが、行動はどの程度まですでに遺伝子で決まっていて、かつどの程度まで予測可能なのでしょうか。

現在、ゲノム配列を解析し、さまざまな特徴の遺伝率を調べることができます。これまでに身体的な特徴、目の色や身長、BMI(体格指数)などは遺伝子が占める役割が大きく、75%から80%が遺伝子によるものだといわれています。

最近では、身体的特徴だけでなく、もっと複雑な行動的特徴の遺伝率もわかるようになりました。例えば、自閉症や統合失調症になりやすいかといったことはおよそ80%が遺伝子によるものだと言われています。心の病に対する抵抗力の遺伝率はおよそ20%、知能指数の遺伝率は54%、寿命の遺伝率は26%が平均だと言われています。

さらに、右派的か左派的かというイデオロギーについても30%が遺伝子に起因するものだということがわかってきました。
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編集=成相通子 イラストレーション=山崎正夫

この記事は 「Forbes JAPAN No.084 2021年8月号(2021/6/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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