未来はどこまで意志で変えられるか。最新脳科学で見た「決断の境界線」

ケンブリッジ大学の神経科学者 ハナー・クリッチロウ


このように生物学的な要素に対する遺伝率については、非常に精密な数字が出るようになってきています。では、その遺伝率を使ってどこまで将来を予測できるのか。いくつかの企業が試みています。

ある企業は、体外受精で子どもをもとうとしているカップルに、移植前の胚の遺伝子データを提供し、どの胚を体外受精に使うかを決める手助けをしています。使われるのは特に子どもの知能や心の病に対する抵抗力に関する遺伝子の情報です。

問題なのは、これらは数百から数千もの遺伝子が複雑に関係しており、単一の遺伝子によるものではありません。だから、これらの遺伝子の組み合わせによって、どんな子どもが生まれるのか、それを正確に予測するような科学というものはまだ生まれていません。また、成長の途中で多くの「ノイズ」が発生するものです。

──イデオロギーが遺伝子によってかたちづくられるとはどういうことでしょうか。

自分のイデオロギーや宗教、信念というものは、人生のあらゆる局面の決断に影響します。非常に複雑な特質です。

世界の5つ民主主義国家に住む1万2000組の双子を対象に調べたところ、イデオロギーの遺伝率は30%だということがわかりました。それには何千もの遺伝子が一緒に働いています。

また、米国で90人の大人の脳画像について、脅威や恐怖を感じる部位と将来の不確実性に対する寛容度に関する部位を調べたところ、保守的な人は前者が大きく発達しており、反応が敏感でした。彼らは即時の驚異により敏感で、環境を評価してリスクを見つけ、社会を脅威から守るのに秀でています。

一方で、リベラルな人は、後者が発達しており、人々と協力して課題解決することに優れています。生物学的なデータを使って、その人が保守的かリベラルか、脳画像から判断できるか試してみたところ、7割程度の正確性で判断できたそうです。

ほかにも面白い研究があります。ある遺伝子は、「新規性の追求」という行動に関係するといわれています。その遺伝子があると、新しいことを探求する行動を取りやすい。

その遺伝子をもっていて、幼少期にたくさんのさまざまな友達がいる環境にいると、リベラルな政治的見解をもちやすいのですが、一方で、同時期にさまざまな友達との出会いがなければ、そのような見解をもちづらいようです。だから、遺伝子と幼少期の経験が一緒に働いて、将来どのような考えを持つのかという複雑な行動に影響を与えているのです。
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編集=成相通子 イラストレーション=山崎正夫

この記事は 「Forbes JAPAN No.084 2021年8月号(2021/6/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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