例えば、東京・品川の「カンテサンス」は、僕が代表を務める「オレンジ・アンド・パートナーズ」と同じ2006年創業で、そのころはまだガラガラだった。当時はオーナーシェフの岸田周三さんと「一緒に頑張って大きくなろうね」などと励まし合い、弊社創業日である9月5日はカンテサンスを借り切ってパーティを開催するのが習わしだった。自分なりの“応援”のかたちだったのだ。だからカンテサンスという名を巷でよく耳にするようになって、本当に誇らしかった。
ところが、である。ミシュランの星を取ってから、カンテサンスはあれよあれよという間に「最も予約の取れないフレンチレストラン」へと変貌。急激に先を越された気がした(笑)。大好きな店を応援した結果、予約が取れなくなるというのはすごいジレンマだ。行きたい店が行けなくなる。シェフが手の届かない遠い存在になっていく。なんと切ないことだろう。売らないかぎり手元にあるアート作品とは、そこが大きな違いである。
とはいえ、いいレストランや凄腕の若いシェフを探すのはいまでも楽しみだ。僕がレストランサイトなどで最初に確認するのは、メニューの書き方。「なんとかの宝石仕立て」とか「森の妖精のなんとか」とか、自分に酔っているシェフにありがちなメニュー名は好きではない。やはり「お客様を喜ばせたい」という思いがシンプルに伝わるメニューこそ、「行ってみよう!」という気持ちになる。
同じように、ホールスタッフも調理法やワインの産地を記憶したままスラスラと言うのではなく、自分の言葉で、目の前にいるお客様に合わせて喋れる人が好きだ。ひとりか、複数か。友達同士か、親子もしくは恋人か。緊張しているのか、リラックスしているのか。そういう関係性や雰囲気を自分なりに見極めて話す言葉にこそ、魂が宿ると思う。
僕が素晴らしいと思うのは、すべての人が常連に見えるレストランだ。
銀座の老舗フレンチ「ロオジエ」に行ったときのこと。隣のテーブルがひとり客で、スタッフが代わる代わる行って楽しそうに話をしていた。「この人、相当な常連なんだろうな」と思っていたら、なんとその日鹿児島から初めて来たお客様なのだという。
初めてひとりで来ている人さえも、常連のように接してくれるレストラン。寂しくないし、料理だって数倍おいしく感じるだろう。今度は友人や家族と来ようと思うかもしれない。そうか、「常連」とは、自分が大枚叩いてなるものではなく、店がそのように接してくれて、それに心地よく応えるということなんだ、と学んだ一夜だった。
【今月の一皿】
「クロード・モネのニンニクスープ」。ローストしたニンニクがベースなので、見た目以上に香りとコクがある。
blank
都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気の置けない仲間と集まる秘密基地。
小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。エッセイ、作詞などの執筆活動や、熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わっている。