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「ジレンマがあったんです」。震災から10年後のいま、矢本はそう振り返る。

青森県出身の矢本は丸紅に入社してカザフスタンでエネルギー事業に携わっていたものの、故郷東北への思いから丸紅を一年で退社。一般社団法人RCFに入り、被災地の中小企業が回復できるよう全国の事業者とマッチングさせる支援を行っていた。

「当時、グーグルが『イノベーション東北』という復興支援をやっていて、その一環で中小企業に取引先を紹介する事業を行っていましたが、これは大きなリスクに晒されていると思っていました。グーグルは非営利で支援事業を行っていて、グーグルの資金力の上に成り立っています。グーグルが事業をやめたら立ち行かなくなる。サステナブルではないなとずっと思っていたのです」



また、「石巻、大船渡、釜石など東北各地を回りながら、週の半分は東京にいて、当事者になりきれていない立場がイヤでした」と言う。「自分は水を差し入れに来ているだけではないのか」というジレンマを抱く矢本に、目を覚ます出来事があった。関東から被災地に移住して事業を始めた若者たちと出会ったのだ。

「ボロボロの居抜き物件を借りて高齢者向けにリハビリ事業を始める人、弁当宅配の事業を始める人など、利益を出して従業員を雇いながら社会課題の解決をする若い起業家たちと出会い、意識が変わりました」

矢本は東京に戻ると、復興支援のメンターであるグーグルの河合敬一に報告。しかし、そのたびに河合はこう言ったという。

「わかった。だったら、そういう事業者を10倍見つけて。どうやって10倍にできるかを考えて」

10倍、10倍、と河合は言い続け、矢本は東北の現場で心を動かされて東京に戻るたびに「10倍」と言われて、「東北と東京で往復ビンタをされている気分でした」と振り返る。自分の人生をかけて助けられる人を10倍にしなければならない。そんな思いから彼は起業家側に立つことを決意。2017年、10倍を意味する「10X」を社名にした。



10XはAIで献立を10秒で決めて買い物リストを作成するアプリ「タベリー」を開発。日々の食事と買い物を簡単にするサービスで創業した。買い物リストからワンタップでネットスーパーに注文を送ることができる機能を追加するや、これが人気となった。

ところが、矢本はこのサービスを昨年終了させ、ツイッターでは「なぜこんな便利なものを閉じるのか」という声が沸き起こった。実はこの事業のなかで小売り側の課題に気づき、10倍にすべき事業があると思いついたからだ。

文=藤吉雅春

起業家

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