私が医療ビジネスを志したのは、二十歳で起こした大事故がきっかけでした。医療は、数カ月間もの長い期間、意識を失っていた私に、治療やリハビリを通して新たな命を与えてくれました。その医療のために何かできることはないかと思ったのが起業のきっかけです。
その後、創業した医師・看護師を中心とした人材を紹介する会社は順調に成長しました。しかし、上場目前になって、落とし穴があったのです。それは、従業員による医師や看護師の個人情報流出事件でした。幸い、流出した情報が悪用されることはなかったものの、逮捕者も出たこの事件に対して、私は経営者として大きな責任を感じていました。そのときに手にしたのが、この『ゼロ・トゥ・ワン』でした。
本書は、世界最大のオンライン決済システムPayPalを創業した起業家であり、Facebookをはじめ、航空宇宙、AIなどの革新的テクノロジーなどに投資しているピーター・ティールの経験をもとにした経営理論が具体的に書かれている本です。
この本を手にした瞬間、真っ先に目に飛び込んできたのは、表紙の「君はゼロから何を生み出せるか」という言葉でした。「医療関係者が働きやすい環境をつくりたい」「医療を平等に受けられる環境をつくりたい」、そんな大きなビジョンを掲げて起業したはずでしたが、上場への不安や、逮捕された従業員のこの先の人生に対する複雑な気持ちを抱え、そのビジョンを一瞬でも失いかけた私に、本書は「本当にいまの自分でいいのか」「未来を創造していきたいと思っていた自分の思いに反していないか」と、鋭く切り込み、起業家としての覚悟を問いただしたのです。
それまでも多くのビジネス書を読み、経営論を頭にインプットしてきましたが、さまざまな言葉で私を試し、これほど強く背中を押してくれる本と出会ったのは初めてでした。
私はいま、新しい会社を立ち上げました。医療ではなかなか完治することが難しい糖尿病、脳卒中や骨髄損傷の後遺症などを治療する、最も期待されている再生医療分野を手がける医療機関の経営をお手伝いする仕事です。
ピーター・ティールの言葉のなかに、「ひとつのもの、ひとつのことが他のすべてに勝る」という言葉があります。私なりに、「小さくてもいいからニッチな市場で、自分の熱中できるものをやり続ければ、ゼロから1を生み出すことができ、よりよい未来をつくることができる」と理解しています。
何か悩みを抱えたとき、ぜひこの本を読んでみてください。数々の言葉が、きっと皆さんを導いてくれるはずです。
ばば・としまさ◎1973年、福岡県生まれ。日本医療サービスを経て、メディカルリサーチアンドテクノロジーに参画。2010年に同社代表取締役社長。19年に退任し、再生医療テクノロジーを立ち上げ、医療経営コンサルティングや医療機関の検索サービスなどを展開する。