私たちの生活と密接に関わる「ニオイ」について知り、上手い付き合い方を考える連載「ニオイは悪者か」。第2回は、ニオイと恋愛の関係性について。東京大学大学院農学生命科学研究科の東原和成教授に聞いた。
ニオイの好み、なぜ個人差が?
第1回では、ニオイの役割や、そもそもなぜ人間は体臭をもつのかを伝えた。では、なぜニオイの好みには個人差があるのだろう。例えばパートナーの好きなところを聞かれて、相手のニオイがたまらない、という人がいる。しかし、そうしたニオイの好みは他の人には到底理解できないものであったりする。
ある実験がある。20人の男性に一晩Tシャツを着てもらい、翌日そのTシャツを知らない女性複数人に嗅いでもらう。女性たちにそれぞれのTシャツのニオイの好き嫌いを評価してもらうと、ある規則が見えてきた。女性は自分がもつ遺伝子の型と、遠い遺伝型をもつ男性のニオイを好む傾向が高かったというのだ。
しかしこの実験には議論の余地があり、自分がもつ遺伝型と近い型をもつニオイを選んだ、という結果もあるという。ただ、少なくともマウスレベルでは、遺伝型が遠い個体を選ぶことがわかっている。これはできるだけ多様な遺伝子をもち合わせることで、より強い個体を生みたいという動物的本能による選別だ。
では、なぜTシャツの実験では、結果に差異が出たのだろうか。これは、人間のニオイの嗜好性には、他の動物よりも個人の経験が大きく影響を与えるからだと東原教授は話す。
「例えば遺伝型が近いお父さんやお母さんのニオイからは安心感を得たり、好ましかったりしますよね。そういった慣れ親しんだニオイということで遺伝型が近い人を好みだ、と選ぶ可能性もあります。そのニオイが自分にとって好ましいか好ましくないかは、経験によってつくられている。
育った国、環境によってどういうニオイの食べ物を食べるか、あとは文化によってもニオイの好みは変わります。毎週教会に行く人は古い建物にありがちなカビ臭さが平気だったり、味噌汁を飲む日本人は出汁のニオイが平気ですが、西洋の人は魚臭いと感じたり。食や生活スタイルにすごく影響されるんです。
あとは、例えば付き合ってる時は好きだった彼女の香水のニオイが、別れてから嫌いになったり、禁煙した人がタバコのニオイを嫌いになったりとか、ニオイの好みは変化しやすいのです。こう考えるとTシャツの実験は、遺伝型というよりは、好みによる所が大きいと考えられますね」
東原和成 東京大学農学部応用生命化学専攻 生物化学研究室 教授
こうしたニオイの記憶や好みは、胎児の時から形成されることがわかっている。フランスのグループの実験によると、毎日アニススパイスのニオイをつけた食事をした母親から産まれた赤ちゃんは、アニスのニオイを嫌がらず、全くアニスに触れなかった母親から産まれた赤ちゃんは、そのニオイを嫌がる傾向があったという。
東原教授はニオイと恋愛の関係性について、こう語る。
「付き合い始める前に、体臭がパートナー選びに影響を与えていることはあまりないと思います。体臭は距離があったらよくわからないですからね。付き合って、距離も近くなった相手のニオイを、どう感じるか。相手のニオイがどうしても気になってしまう人とは長続きしないケースは結構あるようです。一方で、相手の体臭が好きというケースもありますが。あまりニオイが気にならないのは、遺伝型が近かったり、食生活が似ている人ということかもしれません」