パートナーを見つける段階では、ニオイが決め手となることはないとわかったが、一方で私たちは、気づかないうちにさまざまな情報をニオイから受け取っている。
「人は嗅覚が劣っているわけではなく、気づかないだけでニオイから多くの影響を受けています。病院に行くと疲れるという人がいますが、これは病臭や薬剤の匂いなど、普段とは違うニオイが多いためです。悪臭やいいニオイ以外にも、普段から空間中にあるニオイを常に我々は感知し、意識には上らなくても呼吸するだけでニオイの信号が脳に入り、行動や気持ちに影響を与えているのです」
体臭は体内での代謝産物が揮発して、体外に出るニオイである。別の生物や個体は、そのニオイを情報として用いる。例えば動物が病気のニオイを嗅ぎ分けて、そのニオイを発する個体には近づかないのと同じく、本能的に不健康なニオイを避けて危機察知をするのも、動物が果実のニオイを嗅ぎ分けて食べるのも、情報としてのニオイがあるからこそだ。
動物が異性を見つけるための情報としても用いられ、仲間か敵か、はたまた異性か同性かも、ニオイから判断できるという。一方、人間も男女や年齢などによってニオイが異なるといい、男性は排卵時期の女性のニオイを他の時期よりも好むという研究結果もあるという。
また、人間にはそうした物質の分泌が行われているかは定かではないが、敵か仲間か、異性か同性か、など同じ種族間で情報として使われるニオイのことを「フェロモン」と呼ぶ。フェロモンはニオイに限らず、お互いに作用し合う化学物質のことを指す。
「蟻がエサに向かって列をなすのは、エサを見つけて巣に戻る間にフェロモンを地面につけて、仲間がみんなそれを道しるべとするからです。フェロモンは仲間同士のお互いの行動や、生理的な変化に影響を与えるものですね。
ちなみに人間にはフェロモンが見つかっていないので、フェロモン入りの香水などと謳ってあるものは全部嘘です。フェロモンとは、相手の嗜好や意思に関係なく、行動に影響を与えてしまうもののことです」
ニオイの可能性
ニオイ物質はなんと、40〜50万種類も存在するという。例えばコーヒーのニオイはそのなかから400〜500種類の物質が混合したもので、体臭や本、植物などあらゆるもののニオイは、数百種類のニオイ物質が合わさって構成されている。
私たちはそうした数多あるニオイを嗅ぎ分けていることを普段意識することはないが、一方で、ふとした瞬間にニオイと共に鮮明に記憶が蘇ったり、気持ちを揺さぶられることがある。ニオイは情動や記憶を司る脳の器官にダイレクトに伝わるため、そうしたことが起こるのだという。
ニオイに導かれてパートナーを選んでいるかは定かではないが、相手と同じ空間にいる時、ニオイが自分の何かしらの記憶や情動に訴えかけ、相手の印象を形作っているかもしれない。
第3回では、特に梅雨時期や夏に気になるニオイの原因と、正しいケア方法について考える。
東原和成◎1989年東京大学農学部卒業、1993年ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校化学科博士課程修了Ph.D.、デューク大学医学部博士研究員、東大医学部助手、神戸大助手、東大助教授を経て、2009年より現職。匂いやフェロモンの嗅覚の研究を推進。共著書に「ワインの香り」(虹有社)など。
【連載】ニオイは悪者か?<全4回>
1.「ニオイ」は悪者か? 体臭について知っておきたいこと
2.嗅覚と恋愛 「あの人のニオイが好き」の科学的根拠