神原(続き):このことをコラムで書いたら「髪くらい染められないのか」「協調性がない」「働く気がないのか」などとネットでコメントしてくる人もいました。そもそも生まれつきの姿を変えるのはおかしいですよね。「アルビノって綺麗だね」と日常生活では言われたりもしますが、就活などの場面ではそれは違うよね、となってしまう。そのギャップに戸惑う当時者は多いのではないでしょうか。
NYNJ足立:なぜ画一的な見た目を強要されることがあると思いますか。
神原:おそらく、自分たちがそうだったから、当たり前のルールだと捉えているのだと思います。また、そう言ってくる人と当事者の間には乖離があって、結局他人事だからだと思います。例えば、髪くらい染められないのかと軽々しく言われますが、私は髪も体の一部だから強要されて染めるのは、ある意味自傷行為のようなものだと思っています。強要してくるのは、染めたくないのには理由があることに考えが至ってないことが原因かもしれません。
NYNJ三村:「ありのままの自分を受け入れること」が正しいのでしょうか。自分の見た目をどうしても好きになれない人にはどのような言葉をかけますか。
神原:確かに最近メディアやSNS、広告などでボディポジティブがよくうたわれますね。でも必ずしもそれだけが正解だとは私は思いません。どうしても好きになれないものを好きになろうとするのは、精神的に不健康だと思うので。一足飛びに100%好きになろうとするのではなく「好きになれない自分がいる」と認めることから始めると良いと思います。
相手を多角的に見る 見た目について話をすること
活動のきっかけは2017年に大学院生時代、相互理解を深める対話型イベント「ヒューマンライブラリー」に参加したことから
NYNJ足立:活動の中で、この問題に対する意識や環境が変化したと感じられることはありますか。
神原:東京五輪の開会式で渡辺直美さんの容姿を侮辱する演出を提案していた問題で、SNSで違和感を感じた人の意見が多くて変化を感じました。ただ、まだ日常生活レベルの会話では、見た目問題については話しにくいと思います。
NYNJ三村:まだルッキズムが根付く社会にどんなメッセージを発信したいですか。またどう変えていくと良いと思いますか。
神原:私の中にも、無自覚なことを含めてルッキズムや差別心はあります。まず自分の中に差別や偏見があることを認識するのが第一歩だと思います。そして、相手をいろんな側面から見られる人が増えるような発信をしたいなと思います。見た目を判断の材料にしてもいいですが、見た目だけで判断するのは素敵な人との出会いを取りこぼすことになるので、自分の中にあるルッキズムや差別心と折り合いをつける方法をいろんな人と考えていきたいです。
NYNJ足立:社会を変えるために若者ができることはなんだと思いますか。
神原:話をすることは大事だと思います。見た目の問題は誰もが抱えるかなり身近な問題です。語りやすい雰囲気や世の中にしたいですね。私の10代の頃を振り返っても、人を判断するときに見た目のウェイトが大きかった気がします。人を見る目がまだ育ってなかったからかもしれません。人を見る目を養うためには経験も必要かと思いますが、相手を多角的にみる方法を学ぶ機会もあればいいなと思います。
写真展の受付で。神原さんは自ら心を開き、いろんな立場の人と話をすることを大切にしている
取材を終えて
「見た目についていろいろ言う側と当事者の間には乖離があって、言う側にとっては結局他人事」という言葉が印象に残りました。見た目の問題は身近で、誰でもいつでも当事者になり得る問題です。相手の考えには何か理由や別の側面あるのかもしれません。見た目も含めて相手を多角的に見て、違和感を感じた時には話をすることを大切にしていきたいです。
神原由佳◎アルビノ(眼皮膚白皮症)当事者。1993年兵庫県生まれ。日本アルビニズムネットワークスタッフ。現在はソーシャルワーカーとして勤務する傍ら、アルビノや外見に症状があることで日常生活に支障をきたす「見た目問題」について、メディア取材に応じるほか、エッセイの執筆やウェブCMの出演、講演などで当事者発信をしている。
連載:「U30と考えるソーシャルグッド」
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