ビジネス

2021.06.17

コピーされることは本物の証? ブランドと偽物をめぐる悲喜劇

グッチのクリエイティブディレクター、アレッサンドロ・ミケーレ(Getty Images)


さらに全体状況が見えにくい要因が別にあります。偽物と知りながらそれを買う層も一定数いるからです。

高級時計の交換部品は偽物市場のキラーアイテムです。高価な純正部品と同機能であれば、見えないところにお金を使いたくないという人もいます。または、経済的理由でなく「社会の暗部に属する物を捕まえるスリル」とその動機を語る人、あるいは、偽物購入を正当化する理由を考えること自体を知的楽しみとする傾向さえあります。極めて複雑な心理ゲームです。


中国・深センで押収された偽ブランド品(Getty Images)

パドヴァーニ氏はこの問題のもう一つの特徴を、「オンライン上にトラブルが多い」と指摘します。

「正規商品や公式ブランドのイメージや音楽を使った虚偽の宣伝で、ユーザーをオンライン上のマーケットプレイスに誘い込み、偽物を売る。または、お金だけとって商品を送らないなどの詐欺行為に及ぶタイプです」

各オンラインプラットフォームは、監視機能を強化して安全性の向上を図っていますが、取引の現場がより私的なスペースに入り込み監視の目が届きにくい現象もでています。フェイスブックならば、オープンなタイムラインではなく、メッセンジャーのチャット機能を使い侵入する。消費者は被害を受けても、それを公的機関に言いにくいかもしれません。

「偽物市場がゼロになることはないでしょう。消費者の都合と並行して、基本的に偽物は犯罪組織が絡んでいることが多いのです。そうすると税関や警察がどう戦うか、または戦わないかという課題になります。小包の発送元にある住所や名称が実在するかというチェックを郵便局や配達業者に負わせるわけにもいきません。それらのデータを当局がどこまで共有するシステムを作るか、どう運用するかにかかってきます」(パドヴァ―二氏)

被害は消費者よりも企業側に


偽物を買うのは違法です。罰金の対象にもなっています。しかし、実際には無自覚で購入することが多く、罰金を科せられることは滅多にありません。薬品や食品のように人命が危険にさらされるカテゴリーとは違い、ラグジュアリー商品の被害は圧倒的に企業サイドに偏るのです。

消費者が消費者センターに駆け込むことがない以上、企業にどれほど経済的損失があったとしても、当局にとって偽物の摘発は緊急優先順位が低いのです。

ラグジュアリーの知財侵害は、皆が知っているロゴやブランド名です。社会全体のなかで可視化されて、注目されているものが多く、良くも悪くも、その時々の象徴的事象として認知されやすいとも言えます。他方、今、世界で勃興しつつある自らの文化に依ったラグジュアリーのスタートアップは、ビジネス規模から犯罪組織の標的にはなりにくいと考えられます。

中野さん、考えてみれば19世紀に起源をもつ新興ブルジョアが好んだラグジュアリー自体、それ以前の王侯貴族からすれば「まがい物」と見られたはずです。したがって、その文脈においても偽物について考えるのは意味があるのではないかと思案しています。ぜひ、このテーマに関する悲喜劇をうかがいたいです。特に笑えるエピソード大歓迎です。仮に笑えても、表情がこわばる笑いになりそうですが……。
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文=安西洋之(前半)、中野香織(後半)

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