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今さらではあるが、今の私たちの暮らしにITは欠かせない存在だ。パソコン、スマートフォン、タブレットや各種アプリ、インターネット、SNS、AIなど。むしろ、それらなしに過ごしていたかつてのことを思い返すほうが難しいかもしれない。

では、子どもたちの学びの場である学校はどうだろうか。

昨年はコロナ感染拡大防止のため、学校が3カ月近く休みとなった。この間、早々にオンライン授業を取り入れたところもあれば、家庭の自主性に任せたところ、プリントを発送するなどアナログ式を採用するところもあり、対応はまさに万別。期せずして学校のITリテラシーが問われる形にもなった。

朝日新聞の記事によれば、昨年度、首都圏の有名私立、国立小学校の応募者数は前年より1割近く増加したという。緊急事態宣言で休校中、対応に後れを取った公立小学校の教育に不安を覚えた親たちが、安心できる教育環境を求めて、新たに小学校受験を考えたためだと考えられる。

ところで、日本全体を見たとき、学校はどのくらいIT化が進んでいるのだろうか? 

今、学校教育では「ICT教育」が進められているという。ICTとは「Information and Communication Technology(情報通信技術)」の略。ICT教育では、これまでアナログで行なわれてきたものにパソコン、タブレット、スマートフォンなどのデジタル機器やIT技術を取り入れていくという。学校のICT化の現状や今後について、元文部科学省事務次官で日本の教育の状況や内情に詳しい前川喜平氏に話を聞いた。


教育のIT化は大都市の方が遅れている


日本の学校のICT化は世界の先進国にくらべてものすごく遅れています。大人はひとり1台以上のパソコンを持って仕事をしているにもかかわらず、子どもたちの学習環境は整っていない。学校こそ時代を先取りする場所でなければいけないはずなのに、学校が時代に遅れている。これは問題であり、非常に重要な課題だとずっと思っていました。

遅れを取ったのは、政府に学校のICT化を進める意志がなかったから、と言わざるを得ません。お金を投入していれば、できていたことなんです。

私はかつて学校のICT化を整備するための財源を確保する仕事をしていましたが、とても不十分なんですね。

また、自治体によって進んでいるところとそうでないところの差がついています。一般的に中小の都市のほうがIT化が進んでいて、むしろ大都市のほうが遅れているという状況です。ひとり1台情報端末を配ろうとすると、大都市のほうが人数が多い分お金もかさむからです。


前川喜平氏

「構想導入」はしたが──


今、文部科学省主導で「GIGAスクール構想」というプロジェクトが動いています。どの学校でも高速大容量のWifi通信環境を整え、国公立、私立、特別支援級問わず、すべての義務教育までの子どもに、ひとり1台自分の情報端末を持たせます。ノートや筆箱と同じように、持ち運んで、家でも学校でも使える環境にする。しかし、このGIGAスクール構想には2点、問題があるんです。

GIGAスクール構想は、令和元年10月に消費税が10%に引き上げられた際の景気対策の一環なのです。でも、こういったものは計画的に毎年毎年予算の中に組み入れて継続的に行なう必要があるもの。景気対策が必要だからといって行なうような話ではないんです。突然、補正予算でどかんとお金をつけても、自治体のほうで追いついていけません。消費税10%の代わりにGIGAスクール構想につけられた予算は2292億円です。

同様のことが以前にも行われました。リーマンショック後、「スクール・ニューディール構想」という名目で、補正予算からトータルで4881億円の予算がついた。そのうち、学校のICT化の予算は2087億円。

でも、結局消化しきれなくて、うまくいかなかったんです。電子黒板を入れた学校もけっこうあったけれど、宝の持ち腐れで終わったところも多い。

いきなりの大金に焦って、ハイスペックな機器を購入したものの、使い方がわからず放置してしまったというところですよね。導入することがゴールではない。導入してからがスタートだ。だから、毎年計画的に予算を積んでいかないといけないんです。

もうひとつはプロジェクトを主導しているのが、経済産業省だという点です。「GIGAスクール構想」は文部科学省と経済産業省(経産省)が一緒に行なっているのですが、経産省主導でやっている事案に疑問を感じるところもあります。

経産省が推す「教育工学」のゆくえ


経産省が推し進めているのが『エドテック(Edtech)』。Educational technology(エデュケーショナル・テクノロジー)の略です。最近よく聞く言葉に「フィンテック(Fintech)」というものがあります。「ファイナンス(金融)」と「テクノロジー(技術)」を掛け合わせた造語で、金融商品や金融サービスにもICTを取り入れることを意味しますが、その応用版というか教育版といったところでしょうか。

エデュケーショナル・テクノロジーは、そのまま訳せば「教育工学」。どのようにICTを教育につなげていくか? という学問で、従来からありました。ですが、経産省のEdtechはそれではなかった。フィンテックの技術をそのまま学習に応用する、というものでした。

たとえば、「ブロックチェーン学習」というアイデアがありますが、それも「知識は金になるものなんだ」というところからはじまるんです。知識を獲得することは金儲けの手段や資本を得ることになる。知的資本を使ってお金を得た人は、その手法を授けてくれた人に分配しなければいけない、という発想の学びなんですね。

たとえば、Aさんが自分のノウハウをBさんに教えてあげることでBさんは儲けたとします。すると、Bさんは教えてもらったAさんに富を分配します。Bさんが今度はCさんに手法を伝授し、Cさんが儲かった分はまた分配されるということです。

もちろん、こういう学びがあるのは否定しません。でも、それだけではないですよね。『学問は真理を探ること』であると考えると、それにはそぐわないと思うのです。

子どもたちを「AI師匠」の元に学ばせるが──


それから、最近、文部科学省がよく使う言葉のひとつに「個別最適化」があります。ひとり一人の学習者にふさわしい学習内容を提供するというもの。40人の子どもに対して同じ授業をしていれば、どうしてもついていけない“落ちこぼれ”も出れば、すでに知っている内容を聞いていなければいけない”浮きこぼれ“も生まれる。どちらも教室にいる間はムダな時間になってしまう。両方の子どもたちを救うという意味で「個別最適化」の提供は理にかなっています。

ただ、それだけでは今の教育の問題点の解決にはなりません。個別最適化自体はとてもいいことだと思いますが、これには制約があり、限度があります。個別最適化はあくまで「受け身」の考え方。「この子に一番最適な学習は何か?」をAIが瞬時に判断し、たとえば「この子は九九が苦手だから九九をやりましょう」という提案をします。それを受けて学習を進めます。受動的に学ぶという点においては最適です。

でも、学習は受け身のものばかりではありません。能動的、主体的な学びも必要です。ひとり一人の子どもたちが「なぜだろう?」「どうしてだろう?」とか「どうなっているんだろう?」という疑問を持って問い続けていく。それがより重要な学びであり、本来の学問はそのようなものだと思います。

個別最適化では、子どもたちがAIという師匠の元に学びます。でも、学校の先生はAIにはとても置き換えられません。学校の先生は生徒に学ぶことの楽しさみたいなものを伝えていくことがとても大事。それはAIには任せられないものです。

経産省や経産省と組んでいる民間企業が『経験の浅い教師が教えるより、このプログロムを導入したほうがいいですよ』という触れ込みで、教育プログラムを売り込もうとしていますが、それをそのまま追えばいいというものではありません。そういう意味で、教育関係者や先生たちがどれだけ主体的にICTを使いこなしていくかが重要です。それこそが学校のICT化の成功につながっていくのではないでしょうか。


前川喜平◎東京大学法学部卒。文部省(現・文部科学省)入省後、宮城県教育委員会行政課長、ユネスコ常駐代表部一等書記官、文部大臣秘書官などを経て、大臣官房長、初等中等教育局長、文部科学審議官、文部科学事務次官に就任。2017年、文部科学省を依願退職。

文=柴田恵理  編集=石井節子

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